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ホロコーストや強制収容所の経験を通じて、
苦境や困難の中で人生を生き抜くことの大切さを伝える1冊
『What Papa Told Me(仮:パパが教えてくれたこと)』を翻訳出版したい!

オススメ部分を先読みでご紹介!『What Papa Told Me』

『What Papa Told Me』翻訳出版プロジェクトを応援いただき、まことにありがとうございます。発起人の土橋です。
クラウドファンディングスタートからはやひと月、より多くの方に『What Papa Told Me』を知っていただくべく活動を続けています。でもまだまだこれから。きっと日本語版を実現させます。

そこで今回は、私が読んでいて強い印象を受けたシーンをご紹介してこの本のことをより知っていただけたらと思っています。最初は収容所でのエピソード、もうひとつはアメリカに渡航した後の話です。あまりページ数が多い本ではないのでたくさんはご紹介できないのですが、最初から最後まで引き込まれてしまう『What Papa Told Me』の世界を感じていただけたら幸いです。

 

※翻訳原稿は翻訳作業中のもので完成版とは異なる部分もございます。
あらかじめご了承くだ さい。

 


 それから数日後の夜遅く、収容所にけたたましいサイレンの音が鳴り響き、私たちは目を覚ました。小屋の作りはひどく粗末で、室内でも寒かった。それでも睡眠時間は1日の中で何より貴重なひとときだった。悪夢のような昼から逃れられる唯一の時間なのだ。サイレンが鳴る中、SS将校たちが小屋へと駆け込んできた。指揮杖の頭でベッドの板をガンガンと叩き、外へ出ろと怒鳴った。震えて歯を鳴らせながら、私たちは暗闇の中に集められた。凍りつくような風がうなりをあげて、無防備な私たちの体を突き刺していった。将校たちがジープの周りに並ぶよう命令している。

 列を開けろという罵り声が聞こえると、SS将校が私たちの真ん中に進み出てきた。ユダヤ人の捕虜がシャツを掴まれて引きずられている。私が一緒に作業をしている20人の組の1人だ。そういえば顔は知っているが名前すらわからない。後ろ手で縛られ、ぼろぼろになった服から血がしたたっていた。ついさっき殴らればかりなのだ。将校がジープの隣に立った。恥ずかしさと痛みの両方からか、男は体を折ってうなだれていた。将校が手を高々とあげると、その手には何か小さなものがある。

「このユダヤ人は豚の口からジャガイモを奪おうとした!」この収容所には、炊事場のそばに、豚がすし詰めになった家畜小屋があった。SS将校たちが自分で解体して食用にし豚だ。豚の餌は―捕虜と同じ―ジャガイモだった。

 円を作っていた私たち捕虜は静まり返ったままだった。将校は膝で男の頭を強く起こすと、寒さで凍りついたジャガイモを無理やり口に押し込んだ。澄み切った冷たい空気の中に、歯が折れる音が響いた。恐怖のせいか、それとも歯が叩き折られていく衝撃のせいか、男は目を見開いていた。将校はさっと銃を取り出すと男の頭に2発打ち込んだ。少しよろめいたあと、男はジャガイモを詰めた袋のようにどさりと後ろに倒れた。
(P33~34より)

 

 シュワルツバウムさんは5年半の間、8つの強制収容所を生き抜きました。『What Papa Told Me』で、彼は生々しくそれぞれの収容所での様子や体験を語っています。その中でも私の印象に残ったのが、3番目のディランフルト労働収容所でのこのエピソードです。これほど冷酷で残酷なことが実際に行われていたのかと強い怒りを感じながら読んでいました。しかし、この出来事にはもう少し続きがあり、非情にあざ笑うSS将校の様子で締めくくられます。怒りに恐ろしさが入り混じったなんともいえない重苦しい気持ちになりました。

 

 それからショック療法や試薬の投与などもあった2週間の治療が終わり、フィラは家に帰ってきた。まるで別人のようだった。周囲の人を引きつける、はつらつとした人柄になっていて、何より調子がよさそうだ。私はフィラを驚かせてあげようと寝室を新しくした。喜んでもらおうとそうしたのだが、やっぱりフィラはうれしそうにしてくれた。家での最初の晩は、サラミと卵で子どもたちが好物の料理を作り、楽しそうだった。子どもたちもにこにこしていて、おびえた様子で妄想につかれていた母の姿を忘れつつあるようだ。フィラは生まれ変わった。また、私たちは1つの家族になれた。

 フィラはまずパーティを開いて元気になった自分を見せたいと言った。のんびりやっていこうよという私たちの言葉にも、かたくなにパーティにこだわった。体を壊してしまうのではと思う勢いで50人分の料理を作り、自分にはなんの問題もないのだと皆にアピールしようとしていた。確かにそれから半年は、問題なく過ぎた。

 しかしフィラの容態はふたたび悪い方へゆり戻されてしまう。治療がホロコーストの恐怖を拭い去ってくれたのではという希望も、持てなくなってきた。医者の処方する薬がよけいに悪くしているようにも思えた。彼女は、世界中の誰よりもフィラのことを愛している私のことを、自分を傷つけようとしている人間だと思い込んでいた。友だちや近所の人も信用できなくなり、収容所のフラッシュバックが強くなった。何度思っただろうか。私たちのように収容所を経験した仲間の内で、どれだけの人がそこでの記憶を忘れることができたのだろう。フィラもできなかった。
(P95より)

 


 
シュワルツバウムさんの最初の結婚相手だったフィラさんもホロコーストを生き残ったユダヤ人でした。夫婦は経済状態の苦しい中、お互いに気遣い合って子どもたちを育てて行くのですが、フィラさんはある出来事をきっかけに、戦時中の辛い思い出が膨らんで心を病んでしまいます。

ここは、家族のサポートや治療によって、ようやくフィラさんが元気になったと思ったのに、悲しい出来事へと反転してしまう箇所です。ホロコーストが何年経っても暗い影を落とし続けていて、やっぱりどうにかしてあげられず、誰よりも彼女を大切に思っている自分が疑わしい目で見られていたシュワルツバウムさんの気持ちを察するだけでこちらもやるせなくなってきます。

いかがでしょうか。
何十年も胸のうちに溜め込んでいた思いや記憶を訥々と語るシュワルツバウムさんの姿を思い描いていただけたらうれしいです。

2/28の読書会ではもっと本の内容について詳しくご紹介できるかと思います。
なによりみなさまとお話できることを楽しみにしております。

 

■『What Papa Told Me』読書会&翻訳出版プロジェクト作戦MTG
・日時:2019年 2月28日(木) 19:00~21:00
・場所:株式会社サウザンブックス社 (東京都渋谷区代々木2丁目30-4 202号)

詳細はコチラ

2019/02/19 16:02