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アジアで書かれた文学をもっと世界へ届けたい!
フィリピン発の本格ミステリー小説
『Smaller and Smaller Circles(仮:迫る包囲網)』を翻訳出版したい!

これからは東南アジアの出版シーンに注目!!タイ文学研究者の福冨 渉先生にお話を聞きました。

『Smaller and Smaller Circles』プロジェクトはフィリピンのミステリー小説を日本に、という企画ですが、その背景には、欧米圏だけではない世界中の面白い本を出版したい!というサウザンブックスの野望があります。今回の活動報告では、タイ文学の研究者であり、タイ語翻訳者でもある福冨 渉先生にタイ文学や東南アジア文学について伺いました。

福冨先生は東南アジアの小説を紹介する雑誌『東南アジア文学』の刊行もされています。

 

タイ文学そのものも興味深いのですが、タイの人たちがどんな風に本と関わっているのかも気になります。まずはタイの出版事情や書店について教えてください。

タイでは年間でどのぐらい新刊が刊行されていますか?

福冨 少し古い数字ですが、2008年のデータで新刊は月1000冊ぐらい、今はもう少し増えてはいるはずです。タイ国内ですらタイ人は本を読まないと言われていますが、思ったより多いという印象をもたれるのではないでしょうか? 特に都市部の若い人の中では、教養や正しい知識を求めて本を読むという意識が広がっているように感じています。

 

日本では月6,600冊ぐらいですね…1,000冊は確かに想像より多いかも…。どんな本が読まれているのでしょうか?

福冨 大手のチェーン書店(大手出版社資本が多い)では軽めのビジネス書や自己啓発エッセイなどの翻訳もの、タイらしいところでは仏教関係、お坊さんの講話集などがよく売れています。一方で小規模独立系書店が台頭し、個性的な品揃えで若い世代を惹きつけて、ブックカルチャーを支えています。

海外文学の翻訳だと、最近では日本に似て、古典新訳がちょっとした流行です。たとえばヘミングウェイなどの作品が、今時のスタイリッシュな装丁で復刊されているのを、よく見かけます。ガルシア=マルケスなんかは昔から人気です。

 

日本の作品も訳されていますか?

福冨 村上春樹の作品は根強い人気です。最近は、日本の近代文学を中心に扱う出版社が新しくできたりしたので、太宰治、江戸川乱歩なども流行りました。

新しいものだと、最近は住野よるの『君の膵臓をたべたい』や、湊かなえの作品も訳されました。漫画は日本の作品ばかりだし、翻訳されるのも早いです。

 

日本文学のタイ語版書影。村上春樹、太宰治など。

 

今、タイで注目されている作家、作品を教えてください。

福冨 少し前に今年の東南アジア文学賞(東南アジア各国で、それぞれ選出された作家一名ずつに授与される。日本の芥川賞・直木賞に近い。)が発表されたのですが、タイで受賞したのは、チダーナン・ルアンピアンサムットという、25歳の女性作家でした。

12歳の頃からインターネットで小説を発表していて、主にティーン向けのやおい小説を書いていたのですが、ディストピア小説的なファンタジーを書いて文学賞を受賞し、話題になっています。まったく無名だったので、私もまだ読んでいないのですが…。

 

タイにも「やおい小説」というジャンルがあるのですね、親しみを感じます。

読者は本に関する情報をどこで得るのでしょうか?

福冨 基本はFacebook、instagramなどのSNSです。独立系の書店では新刊の本の情報などを写真付きでSNS上にどんどん発信しています。読者が書店で購入した書籍の写真を撮って、コメントを書き、書店や出版社のアカウントをタグ付けしてアップすると、抽選で商品がもらえるキャンペーンをやっていたりして、見ているだけでも楽しいですよ。

 

独立系書店では作家によるセミナーなどが開催され、知的交流の場としても重要な役割を果たしている。

 

出版もインスタ映えの時代(←言ってみたかっただけ)ですね。Amazonはまだ進出してないですよね? ネット書店もあるのですか?

福冨 以前はネット書店というと、古書店が多かったです。新刊を扱うネット書店では、Readeryというところが一人勝ちしていますね。独立系書店もネット販売をしていますが、いずれにせよ、流通(宅配)サービスが整ってないので、まだまだ、という感じです。

 

次に、先生のご専門であるタイ現代文学について、先生がタイ文学をご専門に選ばれたきっかけ、理由を教えてください。

福冨 高校生の頃は、翻訳の仕事がしたいと漠然と思っていました。タイ人の同級生がいたのが、タイ語に興味をもったきっかけです。今から思うと浅い考えですが、これからはアジアの言語ができれば仕事があるのでは、と単純に思っていました。

大学生になり、タイの漫画家タムくんの作品が面白くて衝撃を受けたのがタイカルチャーとの出会いです。プラープダー・ユンの短編集が日本で出た頃でもあり、タイ文化に魅力と可能性を感じました。

 

タイ文学の特徴、魅力はどのようなところにありますか? 

タイ文学の歴史を振り返ると、1950年代から、政治的メッセージが色濃く反映された「生きるための文学」の時代が続き、1980年代から、それまでの政治性を否定する「創造的な文学」の時代に入り、ポストモダンの文学と呼ばれる時代を経て、21世紀には再び「政治の文学」に向かっています。

急速に都市化した東南アジアのメガロポリスでありながら政治的には不安定で厳しい言論統制の元にある、というアンビバレントな状況だからこそ、面白い作品が生まれて来ています。(望ましい状況ではないので、不謹慎な言い方になってしまいますが…)

 

政治的に不安定な国では、文学や映画など優れた芸術作品が生み出されることも多いですよね。 

福冨 ただそれが単に政治的状況を描写するような作品に止まらないというところもあり、これからどういうものが出てくるのか気になります。

また、今の若手作家はものすごく勉強しています。教養も高く、本を読む量、知識の量も半端ない。それを支える出版社、若い読者も育っているし、これから先も楽しみです。

 

先生が今注目されているタイの作家、出版社をご紹介ください。

福冨 作家ではタイ東北部出身のプー・クラダート。東北部の文学というと、抑圧された人々の声を代弁するべく、被抑圧者の立場からリアリスティックに描かれることが多かったのですが、プー・クラダートはその流れを継承しつつ、新しい次元から作品を執筆する異才の作家です。

タイ東北部を舞台に、自ら新しい神話を生み出し、それがタイ近現代史の文脈と交差する。さらに、西洋哲学を中心とした作家本人の教養が物語を裏打ちしています。それでもそこに現れるのはタイ東北部に住む、命をもった人々です。そのレイヤーの複雑さに、東北部の方言と標準語をミックスした言葉が加わって、読者はますます混乱する。ぶっとんでます。

 

プー・クラダートの作品書影

 

出版社では、ここ1-2年で出てきたP.S. Publishing。20-30代の女性作家やデザイナーを中心に本作りをしていて、手のひらサイズの短編・中編小説シリーズが売れているみたいです。

かわいらしいデザインに、若い女性が書いた日記の断片のような内容で、でもちょっとだけ「考えさせる」ような作品。狙いにしている読者層も、初めからかなり限定しているように感じます。そういう意味でのプレゼンテーションがとても上手な出版社で、そこに興味をもって注目しています。

https://www.facebook.com/P.S.Publish/

 

書き手も読み手も若い世代が出版シーンを盛り上げていて、海外文学好きとしてはぜひ注目しておきたいですね。タイ文学についてもっと知りたい、読んでみたくなったときに、情報発信しているサイトや書籍、イベントなどあったら教えてください。

福冨 現状、タイ現代文学を日本語で読める媒体で、定期的に刊行されているものとしては、私たちが作っている雑誌『東南アジア文学』のみです。残念ながらタイ文学に関しては日本語の情報が少なく、発信者もあまりいない状況で、この状況をなんとかしないといけないという問題意識をもっています。

もっと個人的な活動としては、友人たちとTokyo Art Book Fairにブースを出して『はじめてのタイ文学』という冊子を売ったりしています。

※福冨先生の著作『タイ現代文学覚書~「個人」と「政治」のはざまの作家たち』風響社より1月発売予定です。タイ文学に興味を持った方の手引書としてもオススメです。

http://www.fukyo.co.jp/book/b341368.html

 

では、そのタイ文学が読める唯一の雑誌『東南アジア文学』について、現在までに15号刊行されていますが、たちあげのきっかけを教えてください。

福冨 私の指導教官であった宇戸清治先生(タイ文学者)と川口健一先生(ベトナム文学者)が1996年に創刊し、一時休刊していたものを、お二人と他の東南アジア文学研究者に声をかけて、2013年に復刊させました。せっかく復刊するならと、誌面のデザインを整えたり、tumblrでサイトを作ったりして今の形になりました。

 

『東南アジア文学』のサイトでは翻訳作品のPDFをダウンロードして読むことができます。

 

最近は韓国、台湾文学が定着しつつあり、次の面白い文学作品は東南アジアから、と目されているところだと思いますが、活動していてその手応えはありますか?

福冨 その流れがくるといいのですが…。サイト(tumblr)のフォロワーが増えたり、twitterで感想を見かけたり、感想のメールをいただいたりして、「誰かしら読んでくれてるんだな」ということがわかるようになった程度です(笑)。

ただ、『東南アジア文学』に作品を掲載してほしいと、作家から連絡がくるようなこともありますし、『東南アジア文学』に掲載した作品が、大手文芸誌に掲載されたこともあります(『東南アジア文学』11号掲載のファム・ティ・ホアイ「ハノイの文士、AK先生の物語」[野平宗弘訳]の抄訳版が、『すばる』2014年10月号に転載)。

 

雑誌『東南アジア文学』の今後の活動予定や展望など教えてください。

福冨 雑誌については、大掛かりなものでなくてもいいので、ちゃんと続けていくことが一番大事だと思っています。

ただ「東南アジア」という枠組みに頼るべきではないのでは、という思いがあります。本来は東南アジア文学というくくりではなく、海外文学の中に個別の作家、作品としてあるべきだと思っていますが、それはまだまだ難しいですね。

それと、先ほども言いましたが、まずは東南アジア文学を紹介する人、仲介者を増やさないと。私一人だけがタイ文学を語っても偏ったものになってしまうし、説得力にも欠けます。タイ文学にしろ、東南アジア文学にしろ、作品や作家について複数の人が多様な視点で作品を選び、紹介していく。そういった意味でも、きちんと次の世代につなげていかなければならないと思っています。

 

最後に、フィリピン(に限らずアジア)の作品の邦訳、出版を目指す当プロジェクトに、応援メッセージをお願いします!

福冨 サウザンブックスのサービスは、見えないニーズを掘り起こし、可視化し、そのニーズを持った人同士をつなぐことができる、大きな可能性をもっていると思います。今はまだ大変でしょうが、がんばってください!応援しています!

 

ありがとうございます(涙)!『Smaller and Smaller Circles』の目標を達成して、また次の面白いアジアの作品を紹介できるように頑張ります! 

 

福冨 渉

タイ文学研究者、翻訳家。鹿児島大学グローバルセンター特任講師。

ツイッター:@sh0f

2018/01/11 11:00