皆さん、こんにちは! 『レベティッサ』翻訳出版クラウドファンディング発起人の原正人です。
『レベティッサ』は日本語版の出版を目指してクラファンをしている最中なので、当然、まだ日本語になっていないのですが、実際にマンガを読んでいただくことなく、そのマンガの魅力をどう伝えるかは結構な難題で、いつも苦労しています。クラファンのWEBサイトのトップページにも簡単な説明がありますが、あくまで簡単な説明なので、なかなか作品の全体像はつかめないのではないかと思います。
ということで、今回は『レベティッサ』がどんな作品なのか、改めてご紹介したいと思います。
物語は『レベティコ―雑草の歌』が終わった朝から始まります。え、『レベティコ―雑草の歌』を読んでないといけないの!? と心配する方もいらっしゃるかと思いますが、必ずしもそういうこともなく、『レベティッサ』単独でも読めますので、ご安心ください。もっとも『レベティッサ』は『レベティコ』と対になるように作られているので、一緒に読むと、さらに楽しめるのも事実です。
『レベティッサ』の主人公は、『レベティコ』にも登場した歌姫ベバを中心とした女たちです。ベバは、カティナという女性が営むカフェに住み込みで働いているのですが、当局の締め付けが厳しくなる中、存続が危ぶまれるそのカフェを守るべく、妹分の女性歌手で野心的で奔放なマリカと一緒に奮闘するというのが、物語の縦糸になっています。
もちろんマルコス、スタヴロス、バティス、アルテミスといった『レベティコ』の主人公たちも登場して、ベバたちと深く関わっていきますし、『レベティコ』でグループを離脱した犬っころという登場人物も、とても重要な役どころを演じています。
『レベティッサ』の主要登場人物をまとめると、以下のような感じになります。
『レベティッサ』の主要登場人物
ギリシャのブルースとも呼ばれるレベティコという音楽は、第一次世界大戦後に勃発したギリシャ・トルコ戦争(1919~1922年)を背景に、トルコから多くの難民がギリシャに押し寄せ、トルコ音楽を持ち込むことで成立し、1920年代から1950年代にかけ、独自の発展を遂げました。
当初、小アジアのスミルナ(現在のトルコのイズミル)からやってきた難民たちの音楽スミルネイコ(スミルナ様式)が人気を博しますが、1930年代半ば以降、さまざまな音楽が入りこみ、それらが混交していくと同時に、当局の東方(=トルコ)の音楽に対する締め付けが強まっていくことで、スミルネイコの存在感は弱まり、いわゆるレベティコが最盛期を迎えていくことになります(もっともそのレベティコも当局の取り締まりの対象であり、やがてより人口に膾炙するライコ/ライカという国民的な音楽に取って代わられることになりますが、それはまた別の話です)。
本作『レベティッサ』は、そうしたレベティコをめぐる歴史を背景に、主人公たちが織り成す人間ドラマです。
『レベティコ』同様、相変わらず音楽を演奏するシーンやダンスをするシーン、レベティコという音楽の描き方はめちゃくちゃかっこいいので、その点はまずご期待ください。
レベティコの演奏シーン
そして、本作『レベティッサ』の主人公である女性たちの魅力。とりわけベバとマリカというふたりの女性歌手が対比的に描かれていて印象的です。ふたりは異母姉妹なのですが、年上でより人生経験の多いベバが、カティナのカフェを維持するために八方手を尽くし、自分を犠牲にしがちであるのに対し、まだどこか幼いところもあるマリカは野心的で、どうにかこの掃きだめのような環境から抜け出したいと願っています。彼女は女だてらにブズーキを演奏したいと思い、『レベティコ』の主人公のひとりスタヴロスからブズーキの演奏の手ほどきを受けます。やがて彼女がスタヴロスの前でブズーキを弾きながら自分の来歴を歌ってみせるシーンがあるのですが、ここがめっちゃかっこいい。
マリカがスタヴロスの前でブズーキを引きながら自らの来歴を歌う
もちろんこのささやかな説明では語りきれないいろんなことが起き、いろんな見せ場があるのですが、今回はここまでにしておこうと思います。
『レベティッサ』クラファンが始まってそろそろ3週間。現在の達成率は10%で、今のところ70人の方にご支援いただいています。いち早くご支援くださった皆さん、ありがとうございます! ゴールはまだまだ遥か遠くなので、この辺でそろそろ勢いに乗っていければと思います。SNSで拡散したり、リアルで口コミしていただけると大変助かります! 引き続きどうぞよろしくお願いします!