黒姫童話館で開催された「エンデキャンプ」「エンデ学会」にて講師を務められ、発起人もいつも大変お世話になっている、ミヒャエル・エンデ研究者の石田喜敬先生より、応援メッセージ〈後編〉が届きましたのでご紹介させていただきます! (発起人 山口)
詩的現実としての『影の縫製機』の行方
― 未来への扉を開く「神秘のことば」と「魔法のことば」
〈前編〉では『影の縫製機』の「ほんとうのリンゴ」とエンデの多層的な現実観について書かせていただいた。今回は、彼が描いた詩的現実の行方について考えてみたい。それはエンデ没後30年を生きる私たちの現実と、どのような接点を持つだろうか?そして今回の『影の縫製機』の復刊のように、エンデの作品を後世に伝えていくことは、私たちにとってどのような意味を持つのだろうか?
エンデは詩や戯曲、絵本、小説など多様な形式で、外の世界の現実や、内面の心の現実など、様々な現実が反映された物語や詩的風景を描いた作家である。そこには豊かなファンタジーの世界だけでなく、作家の実体験や思想、社会批判的な眼差しも織り込まれている。
読者が作品の中で出会うのは、作者が生み出した世界や思想だけではない。多くの人はそこに自らの現実も読み込んでいるのではないだろうか。それはまさにエンデの意図である。彼は本というものを読者との対話と考えている。彼の物語は、作者から一方的に与えられるものではなく、作者と読者の間にある橋であり、読者も自らの一部を運んでくることを想定しているのだ。
とりわけ『モモ』では、時間を節約する人々の姿に、自分の生活を重ねた読者も少なくないだろう。終わりなき競争と過密なスケジュール、絶え間ない効率化と加速化、利便性と経済合理性、氾濫する人やモノ、押し寄せる情報の波 ― そうした外の社会の出来事に否応なく飲み込まれ、私たちは自らの内なる時間と現実を見失っている、と感じたのではないだろうか。
エンデはこうした現実を「文明砂漠」と化した世界、つまり、技術文明により人間の内なる魂が失われた世界と呼び、文芸作品を通じて回復の道を探ろうとした。そのひとつには、近代以降の自然科学が作り上げてきた、世界を「主観と客観に切り離す」思考の克服が挙げられる。
近代科学は、いわゆる科学的に証明された「客観的」事実のみを真実と定義し、自然や動物を人間と同じように感情や意思を持つ存在とみなす擬人観的な世界像を、科学的根拠のない「主観」として退けてきた。その結果、人間の内なる本質である精神や心さえも、客観的な分析の対象となり、人間自身も非人間的に扱われるようになった。
それゆえエンデは、今とは異なるかたちの科学や世界観を築く必要性を訴える。それは単なる過去の世界観への後戻りを意味するのではない。彼が目指すのは、科学的な思考の限界を超えて、切り離されてしまった人間の心と世界とのつながりを回復することである。そして、その先に彼は、外的にも内的にも調和のとれた、人間的な生き方を可能にする新しい意識の目覚めを思い描く。
この探求の鍵となるのは、人間の内なる心と、それを映し出すことばである。
新しい意識の実現を語る際、エンデはしばしばロマン派の作家ノヴァーリスの詩『もはや数と図形が…』を引用している。そこでは学識ではなく、メルヒェンや詩によって世界の本来の姿が明らかになり、「ひとつの神秘のことば」が誤った認識を消し去ると歌われている。さらにエンデは、水面下で育ちつつある新しい意識を言い当てることができれば、現在の世界の状況は一瞬にして変わると期待し、それをアイヒェンドルフの詩『占い棒』で歌われたような、「世界を響かせはじめる魔法のことば」の発見になぞらえている。
(この他にエンデの「ポエジー」と文化構想も重要なキーワードなのだが、これについては10月25日・26日に長野県黒姫童話館で開催される「エンデ学会」で発表する予定なので、興味のある方は参加をご検討いただければ幸いである)
こうした新しい意識の探求は、特別な詩人だけのものではない。人は誰しも、心に響く瞬間やことばを内に秘めているものである。あるいはまだ体験したり、ことばにできていなくても、その響きを感じるだけの心を持っている。ことばを理解できるようになる前の子どもたちを思い浮かべてほしい。彼らとは、ことばを介さなくとも心が通う。
心はやがて、ことばとして伝えられるようになる。ある人間の心もしくは心象風景は、ことばとして表現され、世界へと放たれていく。物質的な肉体はもたなくとも、そのことばには、影や鏡像の様に、元の持ち主の心が反映されている(たとえ、その存在が忘れ去られてしまったとしても)。そして、その心は、人から人へと、合わせ鏡のように延々と映し合いを続けていく。
『影の縫製機』が復刊され、再び世に出れば、そこで語られたことばたちも、残響や余韻を伴いながら、世界へと響き渡っていくことだろう。その先にエンデが作家として探し求めた、世界を変革する新しい意識と、その鍵となる「神秘のことば」と「魔法のことば」もきっと見つかるに違いない。
石田喜敬(いしだ よしたか)
『影の縫製機』の出版年と同じ1982年生まれ。関西学院大学文学部非常勤講師、ドイツ文化ラボ・ドライエック代表。ドイツ語講師とエンデ研究に加えて、ドイツゲームの販売やイベント企画に従事。現在の研究テーマは、エンデ文学におけるドイツ・ロマン主義受容と、ドイツ語の授業におけるドイツゲームの教材利用。
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