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児童文学の名作『モモ』の作者

ミヒャエル・エンデによる絵詩集『影の縫製機』を

ドイツ語原文付きで新装復刊したい!

ミヒャエル・エンデ研究者の石田喜敬先生より、応援メッセージが届きました!

黒姫童話館で開催された「エンデキャンプ」「エンデ学会」にて講師を務められ、発起人もいつも大変お世話になっている、ミヒャエル・エンデ研究者の石田喜敬先生より、応援メッセージが届きましたのでご紹介させていただきます! (発起人 山口)

 


 

【「ほんとうのリンゴ」を味わう ― 影が導く詩の世界ともうひとつの現実】

 

 『影の縫製機』の冒頭に収められた詩「ほんとうのリンゴ」は、この詩集の中で筆者が最も心を惹かれる詩である。以下に拙訳を紹介したい(訳出にあたって、日本語版の訳者である酒寄進一先生の訳を参考にさせていただいた)。

 

 

名高く知られた、文士がいた

彼は厳格なリアリスト

簡単な物を描こうと決めた

ありのままの姿をそのままにと

例えば、二束三文のひとつのリンゴを

描いてみよう、すべてのことを

 

彼は描いた、リンゴの形、色と、香りを

味と、芯と、付いてる葉っぱも

枝と、木と、風景と、空気を

リンゴが木から落ちる法則も…

 

だけどそれはほんとのリンゴじゃない、そうだよね?

だってリンゴには天気も、四季のめぐりも付きものだしね

太陽も月も星々も…

 

彼が何千ページと書いてもね

その終わりはとても遠い、とってもとても

だって彼もその一部だし

すべてを書いた彼自身も。それに市場とお金もあった

アダムとイブに、あなたとわたし

神と全世界もそこにはあった…

 

ついに文士は悟ってしまった

リンゴひとつ描けやしないって

そうして彼はやめてしまった

現実を描くことなんて

代わりに彼はリンゴをかじって

これで充分、と満ち足りた

 

 

 厳格な現実主義者である文筆家が、リンゴを写実的に描こうと試みる。しかし、いくら筆を走らせてもリンゴに含まれるすべての現実を描き尽くせないと気づき、挫折して筆を折る。ただし、話はそこで終わらない。彼は現実を描写することをあきらめた代わりに、リンゴを食すことで満足し、ユーモラスに幕が下りる。

 

 この詩の背景には、エンデの多層的な現実観が透けて見える。『エンデのメモ箱』所収の「子どもたちの質問時間」の中で、彼は現実をひとつの建物にたとえている。建物にはいくつもの階があり、それぞれの階からは異なった景色が見えるという。その中には、感情や願い、思考、夢など、目に見えない要素も含まれる。それらは触れることができなくても、心象や観念として心の中に存在し、現実の一部をなしている。

 

 リンゴの持つ現実もまた、アプローチの仕方によって、様々に立ち現れる。客観的な記述によって科学的事実として証明するだけでなく、絵に描いたり、歌ったり、実際に味わったりすることで、心の体験としても理解できるのだ。それは啓蒙の理性の光、すなわち、実証的な合理思考の光が及ばない影の領域でもある。

 

 エンデ自身も、その著作が分析や解釈によって理解されるのではなく、体験され、経験されることを望んでいた。そう、リンゴの写実的な描写をあきらめて、味わうことで満足した文筆家のように。そこでは外の世界の現実と心の体験が一致し、新たな価値がおのずと生まれる。

 

 優れた詩の価値は、社会批判や感情の消費といった功利性にあるのではない。それはただ存在するだけで価値があり、その存在自体が世界に影響を与える、とエンデは考える。良い詩というものは、すでに変革された世界の一部であり、独自の現実を生み出すのだという。

 

 黒い布張りの詩集『影の縫製機』もまた、それ自体がひとつの現実として存在する。その中には、影や暗闇、透明、幻影、消失、孤高、夢、神秘など、理性ではとらえきれないイメージに満ちた詩の世界が、挿絵と韻文と共に広がっている。ページを一枚一枚めくるたびに、読者はそれらの「現実」を一篇一篇味わうことになるだろう。

 

石田喜敬(いしだ よしたか)

『影の縫製機』の出版年と同じ1982年生まれ。関西学院大学文学部非常勤講師、ドイツ文化ラボ・ドライエック代表。ドイツ語講師とエンデ研究に加えて、ドイツゲームの販売やイベント企画に従事。現在の研究テーマは、エンデ文学におけるドイツ・ロマン主義受容と、ドイツ語の授業におけるドイツゲームの教材利用。
 


 

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2025/09/17 12:35