こんにちは、サウザンブックスです。
先日公開しまた、ジョージ・タケイさんインタビュー(上)に続き、今回は、絵本の舞台でもある日系アメリカ人収容所についてお話しいただいたことをご紹介します。
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日系アメリカ人としての気づき
強制収容所という「歴史」の重要さ
自分の体温と全く同じ温度のぬるま湯に入っていると、時にどこからどこまでが自分なのかわからなくなってしまうことがあります。いつだったかずいぶんと昔、生命の始まりは「泡」からだと聞いて、なるほどなと思ったものでした。内側と外側とを隔てる境界線、それがないと「自分」は存在し得ない──「アイデンティティ」とはきっと、自分が他とは違うという境界線の感覚から始まるのかもしれません。境界線に触れる外側のざらついた異和感、異物感。あるいは外側ではなく自分の側のざらつきなのかもしれないけれど……。そして時としてそれは、自分で気づくより先に、有無を言わさず外側から突きつけられるものだったりします。
ジョージ・タケイの場合、それは5歳の時にやってきました。
「真珠湾攻撃があったとき私は4歳だった。5歳になってすぐ、兵士がロサンゼルスの私の家にやってきた。私たち家族は競馬場の厩舎に移動させられた。馬糞が臭い、虫が這い、蝿が飛び交う馬小屋。私も妹もすぐに病気になった」
フランクリン・ルーズベルト大統領による日系アメリカ人の強制収容の始まり。「アメリカ人」ではなく「日系アメリカ人」だという疎外感。
「私の父はルーズベルトを尊敬していた。世界大恐慌で何百万人もが失業し、ホームレスや飢えた人々がスープ一杯のために1マイルも離れた配給所に並んだ。ルーズベルトはニューディール政策を指揮し、『恐れるべきものは恐れそのものだ』と言って国民を奮起させ団結させ、経済を取り戻した。
でもその同じルーズベルトが、真珠湾攻撃で『恐れ』を抱いたんです。西海岸はあまりに無防備で、しかもその地区には、真珠湾を爆撃したのと同じ顔をした人たちが多数住んでいた」
日系人は日本のスパイだ──ジョージは日本から来た両親の子供なので、アメリカで生まれたアメリカ人です。なのに外見の違いによるそんなヒステリーがアメリカ中にあっという間に広がりました。ルーズベルトは1942年2月19日、「敵性外国人」を令状なしで拘束したり収容したりする大統領令9066号に署名します。
「私たち全員を刑務所に送ったんだよ」とジョージは言います。収容所ではなく「プリズン(刑務所)」という言葉で。
否応なく、彼はアメリカ社会の中の自身の「差異」によって自分を、ひいては「自分たち」を認識し直さざるを得なくなる。
タケイ一家はその後、厩舎から汽車で3日かけてアーカンソー州の収容施設に移動させられます。今回、日本語版の出版を目指すジョージ・タケイの絵本『ぼくの失われた自由』は、そこキャンプ・ローワーと、さらにまたカリフォルニア州に送り戻された、より警備厳重で過酷なキャンプ・トゥーリー・レイクでの収容所生活を描いたものです。同時に、欧州戦線に送り込まれた日系アメリカ人だけで構成された陸軍部隊というものもありました。広島、長崎への原爆投下もありました。そうして終戦を迎え、ロサンゼルスにやっと帰ることができて……あれから80年。
いろんなことが忘れられつつあります。実際、日本にいる私たちの多くは他国で被った我らが同胞の受難をほとんど知らないままに21世紀を生きています。
どんな時代でも、どんな場所でも「多様性がある」とジョージは言います。収容所内であっても、「同じアメリカ人なのに」と憤る人もいれば「あまり反抗しない方が事はうまく収まる」となだめる人もいた。ジョージの父親はそんな中でどうにか収容所内コミュニティを作り上げようと努力を続けます。生き続けなければならなかったから。
彼はその体験から、この絵本だけでなく、ブロードウェイミュージカル『アリージェンス』(2015-2016)を作りました。忠誠、忠義、忠実、という意味のタイトルです。国家であるアメリカあるいは日本に対する、あるいは隣人に対する忠誠、忠義、忠実。
「父が好きだった言葉に、リンカーンのゲティスバーグ演説がある。人民の、人民による、人民のための政府というもの。でもその民主主義には弱点がある。なぜなら、人民は間違いを犯すから。同胞を日系だからと言って収容所に送った政府もそう。だから歴史を知っておかねばならない」
実はそのために、2016年の選挙でも大統領候補だったドナルド・トランプをこの『アリージェンス』に招待したのだとジョージは言います。彼が、大統領候補として、イスラム教徒などの「内部からの敵 」の危険を訴えていたから。それは 日系アメリカ人を強制収容した歴史と全く同じ。トランプはあの時と同じ「ヒステリー」を選挙の勝利のために利用しようとしていたのです。
ジョージはトランプと面識がありました。それで彼の番組『セレブリティ・アプレンティス』に出演した際にそのことに触れたそうです。真珠湾攻撃の後の日系アメリカ人に対する仕打ちと同じだと。トランプは「そのことは知らない」とだけ答えたそうです。もちろんブロードウェイの劇場にも姿を見せなかった。
2024年11月5日にそのトランプがまた大統領に返り咲くことが決まって、ジョージはそのことで不安になって泣いている若者たちを数多く見たと言いました。
その若者たちに「何と言ってあげたいですか?」と訊きました。
「アメリカ社会では、実はこういうことは何度も起こっている。人種差別の長い歴史があるから。若者たちはその恐怖を経験したことがないだけで、でも、コロナ禍でも同じことが起きていた。トランプがウイルスは中国製だと煽ってアジア人差別や暴力事件が起きた。彼はそういう人物です。非常に危険で、完全に非理性的で、しかも再び大統領の権力を握る。次は特にトランスジェンダーの人たちを攻撃する。それはLGBTQ+全部に波及する。だから、備えなくちゃ。そういう4年が来る。でも、答えは歴史の中にある」
──同じアメリカ人でも、「日系」アメリカ人としてのアイデンティティが彼に芽生える過程を、今回の絵本が描き出します。それは「歴史」を知るための個人史です。
そして次に、ジョージ・タケイに、自分がゲイであることのアイデンティティの問題が重なってきます。
次回最終回の「下」では、彼のカミングアウトについて、さらにアーノルド・シュワルツェネッガーとの衝突、そして彼の人生を綴る次著についても語ってもらいます。
(続く) 北丸雄二
夫ブラッドタケイさんを隣にして、当時について話すジョージ・タケイさん。
ペンギンランダムハウス社のニューヨークのオフィスにて。
※インタビューの続編は以下から