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ぼくはゲイ「なんか」じゃない…。
地方都市に暮らす男子高校生たちの苦しみや友情と恋心を、
リアルに描く『ぼくの血に流れる氷』を翻訳出版したい!

一部先読み原稿を公開!(その2)

こんにちは、サウザンブックスPRIDE叢書です。先日公開した「その1」につづいて、一部先読み原稿を公開致します!今回は、主人公ダリオが何を恐れているのか、そして、実は誰よりも繊細な心の持ち主であるということを読みっていただける箇所になります。

※原稿は作業中のものになります。完成版とは異なります。
 


第2章

 家に入る前に笑顔を作る。
 このごろは慣れてきて、そんなに苦労しなくても作り笑いできるようになってきた。もう長いこと仮面をつけてきたので、つけていないと、かえって変な感じがするほどだ。それはいいんだけど、問題なのは、仮面にひびが入りはじめていること。遅かれ早かれ、粉々に砕けてしまうときが来るとわかっている。
「ただいま!」玄関で叫ぶが、だれも答えない。居間に行くと、テレビが『ライオン・キング』のムファサを殺したヌーの大群のような轟音を立てるなか、祖母がソファで眠っていた。足元でロッキーが丸くなっている。「おばあちゃん!」
 返事はないが、ロッキーが目を開け、すっくと立ちあがった。戸口まで走ってきて、ぼくの前でごろりと仰向けになる。いつものようになでてもらうのを待っているのだ。今度は本物の笑みを浮かべてかがみこみ、ダークブラウンの毛に手をうずめる。ほかのことはすべて最悪だけど、うれしいことに、これだけは変わらない。これまで生きてきたなかで大切だった人を、ぼくはほとんどみんな失ってしまったかもしれないけど、少なくともロッキーは、これからもそばにいてくれるだろう。
 祖母が小さないびきをかいたので、立ち上がってそばに行く。
「おばあちゃん……」呼びかけるが、テレビの音が大きすぎて聞こえないようだ。かがみこんで少し肩を揺する。「おばあちゃん!」
 祖母はびくっとして、ぱっと目を開けた。
「びっくりするじゃないの!」
 ぼくはリモコンをつかみ、テレビを消す。
「これじゃ、いつ耳が聞こえなくなってもおかしくないよ」そう言いながらも、つい笑顔になってしまう。
「もう、どうしようもなく耳が遠いわよ。さあ、こっちに来てキスしておくれ」
 キスすると、祖母のふくよかな腕で抱きしめられた。慣れ親しんだ香りがして、あっという間に子ども時代へと引き戻される。出来立てのコロッケやプールの塩素のにおい、すごろく遊びをした夏の午後。父さんと母さんがまだここにいて、オスカルとフェルとぼくは永遠に友だちだと思っていた、今よりずっとよかった時代。
「そんなにテレビの音を大きくしちゃだめだよ」頭に浮かんだ思いを振り払うために、きつく言う。祖母はそんなぼくの頬をそっと、優しさを込めてたたく。しわだらけだけど、ぼくのとよく似た栗色の目は、愛情に満ちた光をたたえていた。
「はい、はい……」
「まじめに言ってるんだよ! 考えてごらんよ、いつか、なにか起きても、聞こえないかもしれないんだ……」
 考えもせず、つい出てしまった言葉だったが、後悔はしていない。父さんと母さんにあんなことが起きてからというもの、独りぼっちになるという恐怖は日々つきまとっている。それにオスカルのことがあった今ではなおさら、祖母とロッキーだけが残された唯一の砦だ。だけど祖母はもう年をとっている。いつかなにかが起きるかもしれない、祖母までも失ってしまうかもしれないと考えると……。
 いやだ、そんなこと、考えるのもいやだ。この夏の記憶が脳裏をかすめる。はっきり思い出してしまう前に、なんとかその記憶を遠ざけようとする。
「心配しないで」祖母はまじめな顔になって言う。「テレビの音はもっと小さくするよ、約束する」
 そして立ち上がった祖母に、もう一度抱きしめられた。さっきと同じくらいぎゅっと強く、そしてもっと長く。このあとなにをして遊ぼうかとか、次のポケモンゲームが発売されたらどれを最初のパートナーにしようかといったこと以外、悩みのなかった子ども時代に再び戻る。このまま、永遠にこの腕の中にいられればいいのに。でもそれは不可能だ。
「今日のごはんはなに?」ハグが終わって訊ねた。祖母が楽しそうに目を輝かせ、ほほえみながらこちらを見る。
「当ててごらん」
 そのほほえみが意味するものはわかってる。ぼくの好きな料理を作ってくれたんだ。ぼくも笑顔になり、なんの料理か当てようとにおいをかいだ。これは……トマトのにおい。そう、絶対トマトだ。

©︎Naoko Muraoka

※一部先読み原稿のまとめ

※イベントのお知らせ
6/29夜『ぼくの血に流れる氷』プロジェクトの応援交流会をオンライン開催します!



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2022/06/23 12:23