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ぼくはゲイ「なんか」じゃない…。
地方都市に暮らす男子高校生たちの苦しみや友情と恋心を、
リアルに描く『ぼくの血に流れる氷』を翻訳出版したい!

一部先読み原稿を公開!(その1)

こんにちは、サウザンブックスPRIDE叢書です。
姉妹作『ぼくを燃やす炎』を読んだ方だけでなく、多くの方に本書の魅力をお伝えしたく、作業中の翻訳原稿を一部公開いたします。
主人公ダリオの、繊細な感情の変化をお伝えできれば嬉しいです。

※原稿は作業中のものになります。完成版とは異なります。
※原書にて取消し線を施してある箇所は、日本語文章では斜体にしております。
 


第1章

 罪悪感が強すぎて、ほんとに吐きたくなる。
 オスカルが教室に入ってくる。憔悴し、目の下に濃いクマができている。ぼくの知ってたあいつとは、陽気で楽しそうだった幼なじみとは、全然違う。同じ人だなんて、あれからたった数か月しか経っていないなんて信じられない。ぼくたちが親友だったなんて、まるで前世の話みたいだ。そして彼があんなふうになってしまったのはぼくのせいだなんて、もっと信じられない。
 ほんの一瞬、目と目が合ったが、臆病なぼくはあわててそらした。オスカルが来るのを待ってなどいなかったかのように。オスカルもそんなことに気づいていないかのように。そして自分のやったことを恥じる気持ちが膿となり、ぼくの毛穴という毛穴から噴き出してなどいないかのように。オスカルは、ぼくのいちばん脆いところを見た人だ。たぶん世界でいちばん、ぼくという人間を知っている人。そんな人を、殺してしまった。以前のあいつがもう存在しないのは、その目から生命のきらめきが消えてしまったのは、全部ぼくのせいだ。
 あんなことをしなければ、その生活は今まで通り続いていたはず。幸せいっぱいとまではいかなくても、少なくとも穏やかだったはずだ。ぼくのせいで起きたこの騒ぎで、彼が我慢する必要なんてない。ことを収めようともせずに、ただ指をくわえて見ていた自分……、親友を裏切ってしまった自分が恥ずかしい。罪悪感で胃が重い。獰猛で恐ろしい怪物に、じわじわと腹のなかを食べられているかのようだ。いっそのこと(死にたい)そうなりたいと、つい考えてしまう。そうなればきっと、もうなにも感じなくなるだろう。
 問題は、その怪物が自分だということ。そしてどう頑張っても、獣の皮を脱ぎ捨てるすべはないということ。
 教室の奥の席に歩いていくオスカルを見る。座る前に椅子を調べている。ガムがついていないか確かめているんだろう。それからリュックを開く。そこにはいつも教科書がぎっしり詰まっている。カルロスに、数学の教科書の表紙に落書きされてからというもの、決して学校に物を置きっぱなしにしなくなったんだ。カルロスがあんなことをするのを黙って見ていたこと、オスカルのリアクションを見てみんなと一緒に笑ったことを思い出し、また恥ずかしさがこみあげてくる。笑いたくはなかったけど、そうせざるを得なかったなんて言い訳にならない。吐き気がどんどん強くなってきて、今日は朝食を取らなくて正解だったと思う。教室の反対側にいるマルタと目が合った。その濃い緑の目のなかには、非難が込められているような気がする。目をそらし、また彼のほうを見た。
 オスカルは物思いに沈んだ様子で、窓の外に目をやる。注意がほかに向いたのを利用して、だれにも気づかれないように気を遣いながらも、じっと見つめる。ガラス窓の向こうの空は濃い灰色の雲に覆われていて、彼の顔もその色に染まっているように思えた。なにかによって生命力が少しずつ流れ出し、ゆっくりと、でも容赦なく、後戻りできない地点まで押しやられているかのように見える。
 そのなにかがぼく自身だとわかってぞっとする。
 歴史の教科書を取り出してからすぐ、チャイムが鳴った。フェルがオスカルになにごとかささやくのを見て、また胸がちくっとした。オスカルを失ったとき、フェルもまた失った。子どものころからぼくたちは切っても切れない仲で、これからもずっと友だちなんだと思っていた。トライアングルの三つの辺のように、ずっと一緒なんだと思ってた。三輪車の三つのタイヤのように。だけどそのひとつが壊れたらすぐ、ほかのも崩壊してしまった。(殺した)崩壊させたのはぼく、そして今のぼくたちはさしずめ、未完の曲のボツになった歌詞というところか。
 オスカルは緊張しているようだ。その理由がわからないのがいやだ。いつでも、なにを考えているか知っていたいのに。心配事を話してくれないのがいやだ。いつでも、どんなことでも話してくれていたのは、前世のようにも思えるけど、ほんの少し前のこと。ぼくのせいでフェルとの間に緊張感があるのかもしれない、そう考えるだけでいやになる。フェルまでをも失ってほしくない。これだけ大変な思いをした彼が、完全に壊れてしまわないためには、フェルが必要なんだ。
 太ももを触っている。ポケットに入れているものを押さえつけているような動作だ。最近、よくああしているのがいやでも目に留まるが、なんのためなのかはわからない。そしてその動作に気づいたのは、認めたくはないけれど、必要以上に彼を見ているからだ。どうしてそんなに見てしまうんだろう、自分でもわからない。いや、たぶんわかってる、わかってるんだけど、ぼくは相変わらず(くそったれ)臆病で、認めることができないだけかもしれない。

©︎Naoko Muraoka


※一部先読み原稿のまとめ
 


プロジェクト成立まで、情報拡散へのお力添えを、
どうぞ宜しくお願い申し上げます!

 

2022/06/13 15:48