その日私は、毎日新聞のイベントスペースを借りて、母乳と離乳食についてのえるかふぇ公開版イベントを主催していました。「ナカイさん、トーチの会のメンバーなんですが、この本を翻訳出版していただけないでしょうか」と渡されたのが、リサ・ソーンダースの「エリザベスと奇跡の犬ライリー」の原作本でした。「私はただの翻訳者で、翻訳はできても出版は・・・あ、ひょっとしたらできるかもしれません」とお預かりしました。ちょうどサウザンブックスに繋がる企画が始まっていたのです。
そういうわけで、「エリザベスと奇跡の犬ライリー」はサウザンブックスの最初の出版書籍の1冊となりました。翻訳を担当することになった私は原稿を書きながら、何度も涙しました。
著者のリサは、私と年も近く、リサが少女時代を過ごした町は私が中学高校時代を過ごしたのと同じニューヨーク市クイーンズ区にあり、重度心身障碍児のエリザベスは私の長女と同じ年に生まれています。
まだアメリカでも結婚して、夫の仕事優先で生きていくのが普通だった我が世代。リサはできることをしようと自宅保育園(保育ママ)を始めていました。地域社会の核となる教会での活動にも熱心に参加していて、長女ジャッキーを通じてか、自宅で預かった子供たちか教会で触れ合った子供たちからかサイトメガロウイルスをもらってしまったのです。
当初はエリザベスと一緒に死んでしまいたいと思い詰めていたリサですが、エリザベスは「生きているのが好き」なので、自分と一緒なら生きていけると心を決めて、困難な育児を開始します。
何から何まで介護が必要なエリザベスですが、リサは自然にエリザベスの人生はエリザベスのものと考えるようになっていきます。エリザベスが16歳の誕生日を迎えた朝、長くは生きられないだろうと言われた子が、「私たちの家族としてこの世にとどまるためにしてきた努力を誇りに思った」と書いています。
利発な姉ジャッキーを見ながら、感染を防いでエリザベスが健常児として生まれてきたら、どんな人生だったろうとリサも考えたことはあったはずです。でもリサが一番悲しんだのは、感染症が原因のてんかんでエリザベスが早逝してしまったこと。2度もシェルター送りになった犬ライリーと、一緒に年をとっていって、もしも犬のライリーが先に死んでしまったら、もう一匹犬を引き取って、ずっと二人でソファーの上で過ごす暮らしを続けさせたかったのが叶わなかったことでした。
障害児の親であるトーチの会の皆さんがこの本を愛している理由はこれなんでしょう。
絵本化プロジェクトで、文章部分を担当させていただくにあたって、みなさんに頑張って生きたエリザベスとライリーを心の中に住まわせて欲しいと思い、リサの書いた「子供たちのためのエリザベスとライリーのお話」をベースに、ライリーとエリザベスのお話を書きました。
これがどんな絵本になっていくのか、私もとても楽しみにしています。
ぜひ皆様のお力を貸してください。
ナカイサヤカ
1959年生まれ、慶應大学大学院修了。翻訳者。主な訳書に 『超能力を科学にした男-J.B.ラインの挑戦』(紀伊國屋書店)『エリザベスと奇跡の犬ライリー』 (サウザンブックス社) 『さらば健康食神話: フードファディズムの罠 』(地人書館)などがある。