アジアで初めて同性婚を実現した国、台湾。しかし、台湾は約30年までは戒厳令が敷かれ人権も制限されていた。それが、なぜ急激に民主化し、アジア初の快挙を成し遂げられるまでになったのか。日本が同性婚を実現するために台湾から学べることは――。台湾法の専門家であり、婚姻の平等を求めて活動する明治大学教授の鈴木賢先生に、サウザンブックスPRIDE叢書編集主幹の宇田川しいが話を聞いた。
宇田川 台湾はアジアで初めて同性婚が認められました。こうしたリベラルな土壌はどのように出来上がったんでしょうか?
鈴木 台湾は1987年まで戒厳令が敷かれていて人権は抑圧されていました。その戒厳令が解かれ1990年代に入っていっきに民主化が進んでいきます。
宇田川 台湾では1996年から直接選挙によって総統が選ばれるようになりますね。国民党の李登輝が、自分が総統だった時に民主的な選挙をすることを決めた。
鈴木 李登輝は自分が勝つ自信があったからそれをしたんです。権威主義体制が民主化するときは必ずそうです。体制自身にメリットがなければ民主化に同意しない。直接選挙によって自分が総統に選ばれれば、以前よりも強い正統性が得られて、権力基盤が強まります。下から突き上げられて覆されるのではなく、体制自身が上から民主化を先導するというパターンがもっともソフトランディングが可能ですよね。
宇田川 当時の国民党はそれが可能だった?
鈴木 国民党はお金を持っていたし、票の買収のプロだったからね。
宇田川 なるほど(笑)
鈴木 みんな買収してた。選挙区にお金ばらまいてね。で、お金もらったのにその人に投票しないとかね(笑)。両方からもらったりとか。したたかなんですよ台湾の民衆は。まあ、大した金額ではないですけれどもね。一般の人だと何百円とか千円とか。国民党は選挙上手だった。
宇田川 生々しいというか、リアルな生活感がありますね、民主化の歴史に。
鈴木 そういうふうに民主化されていったんだけど、2000年に民進党の陳水扁が総統に選ばれる。でも国会の方では民進党は多数を取れなかった。法案を通せないし、やりたいことがあまり出来なかった。2016年の選挙で総統に蔡英文さんが選ばれて国会でも民進党が多数を取るんです。これで総統も国会も民進党になって、完全政権になる。だから2016年になってようやく民主化が完了したということですね。
宇田川 1986年の戒厳令解除から約30年かけて民主化を達成したわけですね。やはりそれは国民が求めていたということでしょうね。
鈴木 支配者の側も民主化しないと権力を維持できなくなっているという事情はありましたね。国民党が台湾だけでなく大陸含む中国全体を統治しているというフィクションが通用しなくなっていって、北京とは別ということが明らかになっていった。国際社会での国家としての承認も失っていく。そういう中で、国民党政権は選挙を通じて正統性を獲得するしか道はなくなっていった。李登輝を総統に引き上げたのは蒋介石の息子の蒋経国ですけど、李登輝の前、蒋経国が総統の時代に民主化しなければ生き残れないということを自覚した。その頃に、国民からの民主化要求もあって、上の思惑と下からの突き上げがドッキングしたんです。
宇田川 そういう流れの中で様々な社会運動、市民運動が起きて来たわけですね。
鈴木 女性運動が先頭に立って社会運動が進んでいきます。そして、女性団体がLGBTについても取り上げ始めたんです。性を巡る政治が拡大されてくる時に性的指向という問題も取り上げられた。最初は性的指向なんですね。台湾の場合、日本と違ってトランスジェンダーの問題が視野に入ってくるのはごく最近なんです。
宇田川 台湾もやはり、同性婚制度が成立するまでには、日本と同じように伝統的な家庭観を破壊するんじゃないかとか、そういった議論があって、それを乗り越えて来たわけですよね。
鈴木 同性婚制度が出来る直前までそういう議論が続いていました。際限のない議論に終止符を打ったのは憲法裁判所の、同性婚を認めないのは違憲という判断だったんです。もちろん、その判断に承服しない人もたくさんいましたが。同性婚が可能になった後に、アンチの巻き返しがあって同性婚は既存の民法の改正ではなく新たに法律を作ることによって実現することになりました。反対派の提案が国民投票で認められたんです。つまり国民投票をするとアンチが勝つような状況でも、憲法裁判所は世論よりも法理論的な正しさを優先した。
宇田川 マイノリティの人権を守るには多数決ではうまくいかないですよね。
鈴木 立憲主義の立場から政治的に意見の分かれる問題についても決定が出来る強い憲法裁判所が台湾にはあったんですね。ただ、それだけじゃなく、背景には蔡英文政権が同性婚を支持していたということもあります。政権党と違った立場を取ったわけではないんです。政治が後ろについていたから司法の方も遠慮なく動けた。これは日本と事情が違っていて、自民党が同性婚を否定してるのに最高裁が同性婚を認めるというのは難しいんです。
宇田川 そうすると、我々は日本の司法に期待していいのかというと……。
鈴木 厳しいですね。日本の場合、台湾のように憲法についてだけ判断する憲法裁判所のような制度もないですし。憲法裁判所の裁判官は憲法についてしか判断しないわけですから、歴史に残る良い仕事をしようという気持ちも強いでしょう。そこは日本のように通常の裁判所で行う違憲審査とは違っています。だから立憲民主党なんかは憲法裁判所が必要だと言ってますね。
宇田川 日本と台湾では政治状況も、憲法裁判の仕組みも違う。かなり状況は違うんですね。
鈴木 最も大きな違いは政権政党が賛成かどうかでしょうね。同性婚が可能になった各国を見ても、政権与党が反対している国はありません。建前では独立しているとはいえ、明らかに政権と違う判断を裁判所がすることは難しい。政権の意志というのは、大方の民意と言い換えてもいいと思うけど、それに裁判所が反するのはかなりの勇気がいることです。裁判官は選挙で選ばれるわけではないので評判を気にするんですよ。司法が信頼されないと彼らは困るので、世論がどの辺にあるかを気にしています。だから、よく「社会通念」という言葉が憲法判断で出てくる。社会通念なんて、ざっくりしたものだからどうとでも言えるけど、例えば首相が反対してるなんていうのは社会通念なるものを測る時に象徴的になっちゃう。
宇田川 それじゃ日本で同性婚を可能にするには政権交代しないとダメですね。
鈴木 うん、それだといつになるか分からないけど(笑)。政権交代しない中で、あるいは自民党が考えを変えない中で同性婚を実現することは非常に難しいのは事実だよね。
宇田川 でも安倍さんも退陣したし、自民党が変わっていく可能性もありますよね。
鈴木 世代交代もあるしね。自民党の中でも若い人と女性は同性婚に反対しない人が多いでしょう。だからゆっくりだけど変わっていってはいる。
宇田川 最近、稲田議員が本当にリベラル寄りになって来たなんて噂もあります。それで保守派からは批判されてるとか。鈴木先生は何度か稲田さんと話をしに行ってますけど、実際、どうなんでしょうか?
鈴木 変わって来てるんじゃないかな。少なくとも僕らが行くと良いこと言うよね。リップサービスかもしれないけど。
宇田川 稲田さんみたいにお父さんの代からゴリゴリの右派みたいな人が、リップサービスでもLGBTに配慮しなければいけない状況というのは、李登輝が民主化しないと台湾が保たないと思ったように、自民党も変わらないと自分たちが、あるいは日本が保たないと考え始めているのかもしれませんね。
鈴木 そう言う危機感を持ってくれると変わっていくんでしょうけどね。日本にだってオードリー・タンみたいな人はいるはずなんです。そういう人にポストを与えられるように日本もならないと。
宇田川 今の同性婚訴訟も、これから上級審へと進んで行く時の政治状況によって結果は変わってくるかもしれないですよね。つまりタイミングによって違ってくるということもある。それに関していうと、同性婚訴訟は時期尚早とか言う人もいるわけです。もし、今の裁判で否定的な結果が出てしまったとしたら、それを後に覆していけるのかと心配でもあるんですが。最高裁の判決が出ちゃったら、それが金科玉条の如く言われちゃうんじゃないかと。
鈴木 それは覆せますよ。裁判はいくらでも起こせるから。例えば夫婦別姓訴訟だって、これまでにいくつも起きてるし。非嫡出子の相続分差別を巡る裁判もいくつも起きて、負け続けて、負け続けて、最後に勝った。
宇田川 当面は負け続けたとしても、次々に裁判をやればいい、と。
鈴木 非嫡出子の相続差別も、かつて最高裁は合憲としていた。ところが2013年の判決で初めて違憲とした。その時になんと言ったかというと、判例変更ではないんだと。世の中の方が変わったんだと。かつては合憲だったけど、今では社会が変わったから違憲になったんだと言うわけです。社会状況が変われば、それを理由に判例が変わっていくこともある。正面から婚姻を求める以外に、部分的な婚姻の効果について争う訴訟もたくさん起きています。在留資格についてや、犯罪被害給付金についてとか。今後も婚姻の効果の一つひとつを巡る様々な訴訟が起きるでしょう。そういう訴訟で少しずつ勝っていく。そうすると、丸ごと婚姻の効果をくれという訴訟も勝てるようになるはず。だから、最初のうち負けることを恐れる必要はないんです。いきなり勝つのはやはり難しいですよ。
宇田川 結局、頑張って世の中を少しずつ変えていくしかないんですかね。
鈴木 裁判所っていうのは突拍子もないことは言えないわけ。裁判所が言えるのは、変化していっている規範意識を、最後に変わりましたねって確認することでしかない。だから、重要なのは、変わったと分かるような印をいろいろ付けていくこと。小さい訴訟に勝ったり、自治体のパートナーシップ制度や、民間企業や学校における同性カップルを夫婦と同じく扱う制度の実現などはそうした印になります。いろいろなところで世の中を変えていって、最後に裁判でそれを確認させる。
宇田川 それじゃ、全国の自治体にパートナーシップ制度が広がっていっている今、悲観的になる必要はまったくないわけですね。ただ、台湾で同性婚が可能になった背景には、隣に中国があって台湾を独立した国家として認めさせないようにしている時に、中国とは違うということを国際的に示さないといけないという状況があったと思うんです。これをやらないと国際社会の中で生き残れないという。実は日本も、今、変わらないと生き残れないという状況じゃないかと僕は思うんですけどね。そういう危機感が日本には薄いような気がします。
鈴木 台湾は小さい国です。スケールの大きさや経済力では中国にまったく太刀打ちできない。そういう相手にどうやって勝つか。その時に台湾では「ウォームパワー」を台湾が生き残るために大切にしようと言い始めたんです。
宇田川 ウォームパワー?
鈴木 うん、力とか数とか、そういうことではない部分で国を支えて行こうというような考えかな。日本も以前のような経済大国としては通用しなくなっていく中で、ウォームパワーのような違った価値観、魅力を持った国にならないといけないのかもしれないね。それが出来なければ日本は国際社会でスルーされるようになってしまうでしょう。
鈴木 賢
明治大学法学部教授。ゲイの当事者として一九八九年から札幌で活動。レインボーマー
チ札幌を創始。元ドメスティック・パートナー札幌呼びかけ人代表。現在、自治体にパートナーシップ制度を求める会世話人、北海道LGBT連合顧問。
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