『我和我的T媽媽』
~台湾の本が繋ぐ、人間の勇気と尊厳を考える聖火リレー
ちょうど一年ぐらい前のことである。『台湾映画同好会』を主催する小島あつ子さんが、台湾各地の独立書店を紹介する書籍『書店本事』(サウザンブックス社)のクラウドファンディングによる翻訳出版に成功し、その特典のひとつ「台北書店ツアー」のナビゲーターを務めさせてもらった。1日で15軒ほど、10キロは歩いたかと思われる結構ハードな行程だったが、疲れ知らずな参加者の皆さんの好奇心と本や書店への愛情に力をもらい、各書店の皆さんに歓待頂いたことは特別な思い出である。
もうひとつスペシャルな出来事があった。訪問先の書店のひとつ、台湾大学近くの「女書店」にて、小島さんが『書店本事』に続きまた、運命の書籍との出会いを果たしたのである。
「女書店」はその名の通り、女性をテーマとした本屋さんだ。誕生は1994年、華語文化圏においてフェミニズムや女性文学を専門的に扱い、また同性愛関連書籍のコーナーを初めて設けた。1987年に戒厳令が解除された後、原住民族正名運動や同性婚運動など様々なマイノリティー権利運動と並んで1990年代の台湾で盛り上がったのが、フェミニズム運動だった。それを背景として生まれた「女書店」は、いわば台湾フェミニズム運動の聖地であり、歴史の証人みたいな場所なのだ。
そんな女書店で小島さんが店長に薦められた一冊が、『我和我的T媽媽』である。映画版もすでに台湾で一般公開され、一時間版が日本で放映された事もあったので、内容の素晴らしさは充分承知していた。その監督による書籍版を日本で、映像DVD付きで出版したら!!??日本でも近ごろフェミニズムへの関心は益々高まり、韓国のフェミニズム文学も注目されている。ジェンダー先進国である台湾のフェミニズム関連書籍も日本へもっと紹介されていいではないか、と俄然その場は盛り上がった。今年はコロナ禍もあり、何だかずいぶん前のことに思えるその企画が、今こうしてクラウドファンディングとして出版実現に向けて動いていることは何とも嬉しい。とりわけ日台の行き来が物理的に難しく、しばらく先行きも見えない現在はなおさらである。
いかに台湾のジェンダー平等指数が世界トップレベルで、マイノリティーに対して比較的寛容であると言っても、実際の台湾社会がそこからはみ出す様々な問題を抱えていることは、この作品に触れてもらえれば良くわかると思う。子供への虐待、地域による教育や経済格差、伝統的・父権的保守観念による女性の権利と利益の侵害。結婚といった社会制度を嫌っているが、同時に家族制度の恩恵も受けつつ、同じ女性でありながら娘との間に深い溝を作ってしまうレズビアンの母親と著者(黃惠偵監督)の対話から透けて見えるのは、台湾社会の内包する多くの矛盾である。そして、そこに目を背けずに矛盾を矛盾として受け入れながら、自分の尊厳を取り戻していく著者の勇気もまた、台湾の現実なのだ。
女書店について「関わっている人権団体やフェミニズム団体の考え方は一枚岩ではないけれど、根幹にあるのは “台湾の女性達の最も純粋な本音”である」と説明した『書店本事』で、女書店に付けられたキャッチコピーは「婦人解放運動の聖火リレー」であった。女性の数だけ生き方も考え方もあるだろう。しかし女性であること、もしくは何らかの社会的弱者である事で人間としての尊厳が傷つけられたとき、それに立ち向かう人の物語は多くの心に勇気の火を点す。
今回、著者と「女書店」から小島さんへと預けられた勇気の火が、出版という形で日本へとリレーされることを心より願っている。
皆さま、クラウドファンディングへの応援を宜しくお願いします!
(栖来ひかり/在台文筆家,道草者)
栖来ひかり(すみき・ひかり)
文筆家,道草者。1976年うまれ、山口県出身。
京都市立芸術大学美術学部卒、2006年より台湾在住。
台湾に暮らし、日々旅にして旅を栖(すみか)とす。日常のなかを旅するように、道草するように、失われていく風景と記憶を新鮮な眼で見つめ掘り起こし、重層的な台湾の魅力を伝える。
著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(西日本出版社,2018),『時をかける台湾Y字路~記憶のワンダーランドへようこそ』(図書出版ヘウレーカ,2019)、イラストや挿絵も手掛ける。
公式ブログ:「台北歳時記~Taipei Story」