こんにちは。『同性愛母と私の記録・仮』プロジェクト発起人の小島あつ子です。
この本を翻訳出版することが、何につながるのか?
クラウドファンディングのスタート前から、ずっと同じことを考えていました。というのも、プロジェクトを立ち上げるぞ!という原動力の80%くらいが、実は作品を面白いと感じた“直感”で占められているからです。
答えは見えているようで、モヤモヤとしていて、なかなか形になってくれず…いつもと同じく自問自答していた9月の連休、何気なく開いた新聞の、ひとつの記事が目に留まりました。
「家族」に集計されない私たち 早い法整備願う<かぞくのカタチ㊤
(2020年9月23日 ・東京新聞)
そして翌日、ツイッターでフォローしている方がこの記事をシェアしているのを見て、改めて記事を読み直しました。そしてその時に思い出したのが、台湾の歌姫ジョリン・ツァイの「不一樣又怎麼樣(We're All Different, Yet The Same)」(2014年)という同性婚がテーマの歌のMVだったのです。
30年連れ添ったカップル。ひとりが病院に運び込まれ、緊急手術を受けなければならない。だが家族とみなされないパートナーは手術の同意書にサインすること認められず…という切ない内容で、何度見ても泣けてしまいます。
実話をもとに作られたストーリーなのですが、6年前にMVに出会わなければ、世情に疎い私は23日の新聞記事を読んでも「家族として法的に認められない」ことによる弊害についてピンとこなかっただろうなあと。
つまり、6年前に「不一樣又怎樣」のMVを見た時に、私の中で「ないこと」にしてしまっていたことが、確実に可視化されたのでした。
『同性愛母と私の記録・仮』には、個人的な体験を通してさまざまな要素が沢山盛り込まれています。それは家族についての伝統的な価値観やセクシュアリティ、貧困スパイラルや暴力や虐待の連鎖といった、ある種の社会的価値観の問題や病理で、そのひとつひとつは、当事者でなければ、あるいは関心を持たなければ、もしかしたら「ないこと」にしてしまっているのかもしれないことだと思います。
『我和我的T媽媽(同性愛母と私の記録・仮)』を翻訳出版する先につながることは、もしかしたらそんな「ないことにされてしまっている」ものを可視化することなのかもしれません。モヤモヤとしていたものの輪郭が、すこしだけ見えてきた瞬間でした。
残り50日ほど、参加者数も60名を超え、達成率25%が見えてきました。
本当にありがたい気持ちでいっぱいです。
引き続き、翻訳出版実現のため、情報拡散などにお力添え下さいますよう、よろしくお願いします!