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世界のマンガの翻訳出版レーベル・サウザンコミックス第一弾!
傑作バンド・デシネ『Rébétiko』(レベティコ)を翻訳出版したい!

マンガ家・イラストレーターのかつしかけいたさんから応援コメントが届きました!

 本作のタイトルにもなっているギリシャの大衆音楽レベティコは、現在のトルコ領であるアナトリア半島からギリシャに移住した人々の間で生まれた。第一次世界大戦が勃発した1914年から奇土戦争が終結する1922年にかけて、トルコ領内に住むギリシャ人たちがギリシャ本国に逃れ、1923年には両国間で交わされた「ギリシャとトルコの住民交換」合意書に基づき、トルコ領内に住むギリシャ人とギリシャ領内に住むトルコ人の交換が強制的に行われた。ギリシャ全体の人口が620万人だった当時、約110万のギリシャ人が流入したと言われており、レベティコが盛んに歌われたのは彼ら移民たちが多く住むテッサロニキやピレウス、アテネなどの港町だった。

 こうした歴史的背景のなかで成立した音楽とその演奏家たちを描いたダヴィッド・プリュドムの『レベティコ』は、近年ヨーロッパを中心にジャンルとして確立されつつある移民を描いたマンガの系譜に置くことができるかもしれない(移民には様々な定義があるが、ここでは広く自らの意思かそうでないかに関わらず、言語や文化の異なる国や地域に移住した人々としておく)。邦訳されている作品だけを挙げてもフランスではマルジャン・サトラピ『ペルセポリス』、リアド・サトゥフ『未来のアラブ人』、ドイツではビルギット・ヴァイエ『マッドジャーマンズ ドイツ移民物語』、また架空の世界を舞台にしたものではあるがオーストラリアのショーン・タン『アライバル』などがある。

 サトラピ、サトゥフの作品は作者自身が移民であるため自伝マンガとしての要素も強く登場人物やその家族が出身国から別の国へ移住する様子が描かれていたが、『レベティコ』では主要キャラクターとなるレベティコ演奏家たちがトルコ領地からギリシャへと逃れてきた当時の描写はない。しかし彼らがトルコから移住してきたことは多くのセリフや描写から容易に読み取ることができ、街を巡回する憲兵が演奏家アルテミスを「トルコ人」と呼び、刑務所の所長は「誰も憐れみはしまい おまえたちもおまえたちの密売もトルコから流れついた者たちの声も…」と演奏者ヴァムヴァカリスに語りかける。主人公たちがレベティコを演奏する酒場の店名「ミクラ=アジア Mikra-Asia」がギリシャ語で小アジア、つまりアナトリア半島を意味することは象徴的とも言えよう。

 『レベティコ』ではトルコ領からギリシャに逃れてきたギリシャ人たちを主要キャラクターとしているが、アメリカに渡ったギリシャ人も登場しており、当時ギリシャ移民が世界的に離散していた状況が描かれている。「ミクラ=アジア」でヴァムヴァカリスにレコーディングを勧めるコロンビアレコードの男は、自分がニューヨークから来たスミルナ(現トルコのイズミル)出身のギリシャ人であると説明するが、その背景には20世紀初頭から1920年代にかけてアメリカに渡ったギリシャ人移民が形成するニューヨークやシカゴのギリシャ人コミュニティの存在があった。ギリシャでレベティコを歌うヴァムヴァカリスたちと同様、アメリカで暮らす彼らもまた移民として自らのルーツに繋がる音楽を懐かしみ、愛していたことが伝ってくる。

 作中のモノローグはあるひとりのキャラクターによるものだが、作品では複数の演奏家たちの視点が描かれており、自伝的要素の強い移民マンガとはその点で異なる。作品を通しての主人公は、むしろ時代の要請によって姿を変えて現代に歌い継がれるレベティコという音楽そのものだ。ギリシャトルコ間の長きにわたる歴史的、政治的困難に翻弄された人々の間で生まれたレベティコは、刑務所の所長が「東洋は昔からこの社会の一部だ ギリシャトルコのルーツは混ざり合っている お前たちレベテース(註:やくざ者)はよく知っているはずだ」と語る通り、ギリシャとトルコ、そして黒海沿岸や中東もを含む広い文化的な連続性とその混淆によって誕生した音楽と言える。人々の文化や伝統は近代国家によって引かれる国境によって容易に線を引くことはできない。移民マンガという観点から『レベティコ』を読むとき、移民と移民によって生まれた音楽のみならず、その背景となったギリシャ近現代史へと読むものの関心を広げてくれるだろう。『レベティコ』に限らず、時に海外マンガは日本ではあまり知る機会のない世界の近現代史について格好の入門書となる。サウザンブックスのプロジェクトが端緒となって、海外マンガの出版が今後一層活発になってくれることを願いたい。まずは、『レベティコ』を。

 

かつしかけいた

マンガ家・イラストレーター。自主制作マンガ誌『ユースカ』『蓬莱』に参加。ビッグコミックオリジナル増刊号でコラム「東京グローカルガイド」のイラストを担当。中学時代からの海外マンガファン。

 


かつしかけいたさんは移民というテーマに強い関心を寄せるマンガ家・イラストレーター。連載コラム「東京グローカルガイド」では、東京在住の外国人たちが愛着をもって暮らしている東京の「地元」を紹介しています。

ギリシャという遠い国を舞台にしているとはいえ、移民とそこから生まれた文化を描く『レベティコ』は、実は私たちにとってもアクチュアルな作品なのではないかと思います。

クラウドファンディングは残りついに4日! ついに90%を超えました! 残りは10%台です!

ご支援・応援、よろしくお願いします!

原正人

 

2020/02/13 17:51