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世界のマンガの翻訳出版レーベル・サウザンコミックス第一弾!
傑作バンド・デシネ『Rébétiko』(レベティコ)を翻訳出版したい!

俳優・演出家・リュラー奏者・作家の佐藤二葉さんから応援コメントが届きました!

 夢幻のようなブズーキのタクシーム(旋法を持つ即興演奏)、強い陽光のようにきらめく弦の音、蛇のようにうねるリズム、そして、強い光の傍に必ず生まれる色濃い闇の中から響く、強い哀しみを纏った歌声……それが、私のもつ「レベティカ」(ギリシャの大衆歌謡、レベティコの複数形)のイメージです。レベティカを聞けば、ギリシャがいかに魅力的で複雑で、東洋と西洋の文化の交わる不思議な国であるかが、ほんのりと伝わる……と思っているのですが、傑作バンド・デシネ『レベティコ』からは、私の大好きなレベティカの焼けつくようなメロディが、ブズーキのきらめく音が、哀しみが聞こえてきます。

 さて、ここまで読んでくださった方は、「うわ、このひと相当ギリシャにイカれてるな……」とお気づきでしょう。
 はい。ギリシャが、音楽が、そして絵が大好きな人間が、これからダヴィッド・プリュドム『レベティコ』を全力でプレゼンします!!! よろしければお付き合いください!

 私はまず古代ギリシアの演劇や詩に夢中になり、そして実際に行ってみて現代のギリシャが大好きになり、そして紆余曲折を経て、古代ギリシアの演劇をしたり古代ギリシアの漫画を描いたり、古代ギリシア音楽や現代ギリシャ音楽とりわけレベティカ)を実践しています(もう訳が分からない)。そういう人間にとってこんなに魅力的な作品はありません。また、音楽演奏以外の手段をもって「音楽を描く」ということにおいて、こんなすごい作品がこの世にあるなんて!!!! と感激しています。

  この作品はレベティカ(レベティコ)という種類のギリシャの音楽を演奏する「ならず者」たちの一日を描く物語ですが、この「レベティカ」という複雑な背景を持つ不思議な音楽を捉えて描く、というのはまったく凄まじいことです。

 まず、ページを開いてみて、目に入る色に驚きます。
 この光の色! この空気! 温度! まさに、ぱりぱりに乾いたあの土地の空気、陽光と影がそこにあります。無花果の木の下で感じる木漏れ日、あのかぐわしい香り……一コマ一コマが奇跡のように美しく、切ない気持ちがこみあげてきます。どうしてこんな風に空気を、光を描くことができるんだろう、どうしてこんな風にギリシャを、音楽を捉えることができるんだろう……!
 Music(音楽)という言葉は、古代ギリシア語のμουσική(ムーシケー)という言葉から生まれています。この古代の「ムーシケー」は詩や歴史など、今現在「音楽」と捉えられているよりも広い範囲を指す言葉ですが、それらはすべて、誰か表現する者・語る者がいて、それを受け止める聴衆がいる状態を指しています。つまり、表現者と受容者のいる「場」をも指す言葉であると言って差し支えないでしょう。レベティカは、様々な状況が重なった「場」で生まれた風であり、「ならず者」たちによって共有されていた「場」の中で歌われた音楽です。この『レベティコ』という作品の驚くべきところの一つは、この、「場」としての音楽が見事に描き出されていることだと思います。この「場」というのは、ただ単に場所のことではなく、そうした「場」を生み出す環境や要因をも含みます。光や空気や風を描くこと、そこに生きている人々の状況、心、魂を描き出すことで、これらが響き合い、うねり出し、レベティカの妙なる調べとなってページの中から響いているのかもしれません。

 ギリシャは、古代のころからずっと、光の射す整った部分――理路整然とした「ロゴス」的な部分(いわゆる「アポロン的」なものですね)と、同時にそうした理性の光の及ばない闇の部分(「ディオニュソス的」なもの)とが同時に、そしてとても強烈なかたちで存在しているところであるように感じます。光が強ければ強いほど、闇は濃くなります。闇の部分を抑圧しようとする動きというのも古代からあるのですが(紀元前五世紀のギリシア悲劇にそういう題材のものがあります)、そうした試みは、決してうまくいきません。
 まさに、この作品はその「闇」を葬り去ろうとしている1936年のギリシャを舞台としています。闇の中から生まれた歌、闇を象徴するレベティカという音楽ジャンルが弾圧されようとしている頃です。
 そうした状況をして、作中で登場人物が「ディオニュソスは死んだってわけだ」というシーンがあります。
 さて、ほんとうにディオニュソスは死んだのでしょうか?
 レベティカが生きて歌い継がれている現在、私たちはディオニュソスが(姿は変わっても)決して死ななかったことを知っています。また、このバンド・デシネをお読みになれば、ディオニュソスの血が紙面の下で脈動しているのを感じるはずです。

 「闇」の中で生き、奏で、歌うはみ出し者たち、「ならず者」たちの一日を描くこの素晴らしいこのドラマ、この美、このうたが、一人でも多くこの物語を必要としているひとのもとにどうか届きますように。


 




佐藤二葉(さとう・ふたば)
俳優・演出家・リュラー奏者・作家
国際基督教大学卒業。首都大学東京大学院博士前期課程中退。西洋古典学を専攻し、ギリシア悲劇を研究する。座・高円寺劇場創造アカデミー演出コース修了。
ギリシア悲劇の翻訳・構成・演出・演奏・出演を一人で行う「ひとりギリシア悲劇」を展開。同時に古代ギリシアの竪琴「リュラー」の演奏活動を行っている。また作家としても活動し、著書に漫画『うたえ!エーリンナ』(星海社COMICS)、小説『百島王国物語 滅びの王と魔術歌使い』(星海社FICTIONS)がある。

 

★好評発売中!


書名:うたえ!エーリンナ
著:佐藤二葉
発売年月:2018年4月
ISBN:978-4-06-511591-6
発行:星海社
発売:講談社

2020/02/04 10:00