ダヴィッド・プリュドムという作家の作品は、ルーヴル美術館を舞台にした『ルーヴル横断』を見てすっかり大ファンになった。赤い斜めのラインのキリッとした構図の表紙に目を引かれて手に取り、中身の面白さも期待以上で、その後しばらくは毎日眺めて「こんな絵が描けたらなぁ」とため息をついていた。
その作品で焦点を当てられていたのは、豪華絢爛な芸術品そのものというよりも、それを現代の人々がどのように鑑賞し受容しているのかというところだ。美術館という場所で繰り広げられる人間のしぐさや振る舞い、つまりスマートフォンで自撮りしている観客はもちろん、有名作にだけ行列を作り群がる人々や、手持ち無沙汰で椅子に腰掛ける人々、それどころか居眠りしている人、などが意図的に選ばれて描かれている。ただし、それは皮肉な調子ではなく、高級な美術品と、人間臭い行動をとる人々のユーモラスなコントラストで楽しませてくれる。彫刻や絵画と相似の姿勢に見えるように描かれた観客の姿など、画面上での様々な絵画的な遊びも仕掛けられている。例えば、中央にフランス国旗を掲げた女性が描かれているドラクロワの『民衆を導く自由の女神』の絵の前に、旅行者に囲まれたツアーガイドか学芸員の女性が目立つ棒を掲げて立っているという具合だ。まるで、ダヴィッド・プリュドムという画家の視点で、ルーヴルを一周するような気分を味わえるのだ。
さて、本題の『レベティコ』では、人間臭い描写はそのままに、ギリシャという舞台で音楽家の男たちの1日が描かれている。ツタを這わせたテラスの下で、昼間から酒や水タバコやっているのが本作の主人公たちだ。音楽家ではあるが、実際はおしゃれなバーやホールでコンサートをするような音楽家ではなく、薄暗い酒場でナイフや銃による流血沙汰が絶えない暮らしをしている。胸元を大きく開けたシャツの着方、腰を前に出し股を開いた椅子の座り方、といった細かい表現だけで、主人公たちがどういう人物か読み取れる。
『ルーヴル横断』と関連づけるとしたら、『レベティコ』と共通して取り扱われているのは「芸術と人間」というテーマだろうか。『ルーヴル横断』では、人類の遺産としてのある種立派すぎる芸術を前に、それに見合わない振る舞いをしてしまう現代人の面白さが捉えられていた。いっぽうの本作では、下層階級の人々が、自分たちの存在に根ざすものとして、熱い想いを抱えてレベティコという音楽を奏でる姿を描いている。
さらに本作では、ギリシャという舞台となる場所の雰囲気が、光の描き方で捉えられている点が何よりも素晴らしい。全体的に黄色がかった色彩の建物や町並みと、木々の間から落ちる濃い影の描き方で、ギリシャの土地柄が鮮やかに立ち上がっている。物語後半の夜が更けて朝を迎えるまでの色彩の変化の美しさは、ぜひページをめくりながら体感してもらいたい。
この素晴らしい作品が日本語に翻訳されて、マンガという表現に新たな視野が開かれることを期待しています。どうか応援をお願いします!
山本美希(やまもと・みき)
マンガ作家、筑波大学助教。現在、トーチwebとGINZAのウェブサイトにてフルカラーのマンガ『かしこくて勇気ある子ども』を連載中。主な著作は『爆弾にリボン』、『ハウアーユー?』、『ねえ ねえ あーそぼ』。『Sunny Sunny Ann!』は、第17回手塚治虫文化賞新生賞を受賞した。大学では作り手に役立つ研究・教育を目指して、絵本・マンガにおける物語表現の調査に取り組む。
好評連載中!
作品名:かしこくて勇気ある子ども
マンガ:山本美希
プロジェクト終了まで残り20日ほど、
参加者数はもうすぐ200名、達成率はほぼ1/3になりました!
本プロジェクトの成立をきっかけに、世界のマンガの翻訳出版をどんどん手がけていきたいと思っております。
マンガ好きのマンガ好きによるマンガ好きのための出版レベールを作っていきます。
サウザンコミックスのスタートまで、
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