バンド・デシネやグラフィックノベルの魅力を知ったのはいつごろだったろう?
アメリカ文学の文脈で、『マウス アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語』(アート・スピーゲルマン 小野耕世訳)が紹介されているのを見て、手に取ったころかもしれない。ただそのときは、物語の内容に深く心を動かされたものの、グラフィック(絵)のほうはあまり印象に残らなかった。日本のマンガに慣れていたせいかもしれない。なんという先見の明のなさ!
でも、そのときに「海外にも面白いマンガがあるんだ!」ということは心に刻み込まれた。
ひとたびそれを知ると、視界に入ってくるようになるもの。書店にいくと、意外にある! 海外マンガが! しかも、絵がかっこいい……! そうしたかっこいい絵のマンガたちが、どうやら「バンド・デシネ」と呼ばれているらしいことを知るのに、時間はかからなかった。そのあとは、この「バンド・デシネ」と「グラフィックノベル」という言葉をたよりに、さまざまな作品をあさるようになる。
そもそも、わたしがこの分野に夢中になるのも当然なのだ。わたしの専門は、児童書やYAと呼ばれる青春小説の翻訳なのだが、海外マンガも当然、恋愛や友情、アイデンティティの問題、学校生活、家族の問題など青春時代をテーマに描いているものは多い。そして言うまでもなく舞台もさまざまで、内戦下の中東から、移民の暮らすヨーロッパの大都市、日本の地方都市を思わせるアメリカの郊外の学校まで色々だ。もちろん、妖精のすむファンタジー世界やゾンビが徘徊するディストピアもある。
すっかり虜になった結果、海外文学を紹介している「BOOKMARK」という小冊子で、バンド・デシネ&グラフィックノベルの特集号まで作ってしまった。
そのときに、「BOOKMARK」史上では初めての同じ号に二回登場いただいたのが原正人さん。以来(いや、その前からだけど)絶大な信頼を寄せている原さんが、この度紹介してくださるのが、この『レベティコ』だ。実は、原さんに原書を見せていただいたのだけど、ページをめくったとたん、かっこいい……(また)。人物の顔にかかる影、薄暗いバー、木洩れ日、光を背景に浮き上がる人影。影がかっこいいのだ。奥行きのある街並みや、異国情緒あふれる楽器、男たちがくゆらせるタバコの煙もかっこよく、あっという間に、乾いた太陽の照る都市(ギリシャだと知ったのは、そのあと――フランス語は読めないので!)へと吸いこまれていった。
海外の作品を読む魅力のひとつは、その国、その土地の空気を肌で感じられることだと思っている。ガイドブックやニュース番組では決して知ることができないものだ。30年代のファシズムへ向かっていくギリシャの空気、地中海の民族音楽にルーツを持つレベティコの奏でる空気、下層階級の人々が感じていた重苦しい空気――ぜひこの空気を日本の読者にも味わってほしい!
そして、最後に。「世界には、未だ日本ではほとんど知られていないマンガの傑作がたくさん……」。原さんの紹介文のこの部分を読んで、悶絶してしまった。そんな傑作を読めないまま、死ねない! というわけで、『レベティコ』を皮切りにしたサウザンコミックスの企画が、多くの人の支持を集めますように!
三辺律子(さんべりつこ)
文芸翻訳家。訳書に、『サイモンvs人類平等化計画』『エヴリデイ』『オリシャ戦記 血と骨の子』『隠された悲鳴』など。
編著書に『翻訳者による海外文学ブックガイド BOOKMARK』。海外文学を紹介するフリーペーパーBOOKMARKでは、13号がバンド・デシネ&グラフィックノベル特集。無料でDLできます!
フリーペーパーBOOKMARK 13号(無料ダウンロード)
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書名:翻訳者による海外文学ブックガイド BOOKMARK
編著:金原瑞人、三辺律子
発売年月:2019年9月
ISBN:978-4-484-19227-7
発行:CCCメディアハウス
書名:隠された悲鳴
著:ユニティ・ダウ
翻訳:三辺律子
発売年月:2019年8月
ISBN:978-4-86276-289-4
発行:英治出版