台湾文学もおもしろいのですが、実は台湾文学を取り巻く社会のおもしろさに魅せられて私は台湾文学というマイノリティー研究の道を勝手に志し楽しんでいます。
台湾の文学が場としてどんな風に構築されているのか知りたくて、これまで文学キャンプというイベントを取材したり、ブックフェアに参加したり、文学賞について調べたりしてきました。そのおもしろさを一瞬で感じられる場の一つが本屋さんです。
誠品書店も好きな本屋さんの一つですが、独立書店と呼ばれるチェーン店ではない個人経営の個性的な本屋さんは、一歩足を踏み入れると、先鋭的な知を築きながらも常に多様性を包容し続けてきた台湾らしさに満ちた空間です(中国語が読めなくても楽しめますよ)。
台湾の独立書店は単に本を売る場所ではありません。
常に文化の発信地であり、時に社会運動の拠点であり、週末には作家を招いてイベントなどが開催される店主と作家と読者のインタラクティブな交流の場でもあります。
例えば、あの牯嶺街から始まった近代史の生き証人ともいえる人文書舎(1966‐)、台湾の歴史と民俗を追い求め記録し公刊し続ける南天書局(1976‐)、戒厳令下には禁書を扱ってまでも学生や人文系研究者たちの知識欲に寄り添い続けてきた唐山書店(1982‐)、フェミニズム運動家たちによって立ち上げられた女書店(1994‐)……20世紀に創業した独立書店は、台湾の歴史と社会の多様性を常に最前線で築き続けてきました。
21世紀になると、こうした多様性を受け入れつつ、大量消費社会に疑問を持ち、個人のライフスタイルとして本のある暮らしの心地の良さを追求した本屋さんが誕生します
例えば、桃園の田舎にある晴耕雨讀小書院(2013‐)は、カフェが併設され読書会やイベントも開催、その居心地の良さとシンプルに好きなことを大切にして生きる店主のライフスタイルは若者たちの注目を集めました。宜蘭の小間書菜(2013-)は、その名の通り「書」籍とお野「菜」が並ぶ本屋さんで、古本を持っていけばお野菜やお米と交換してくださるそうです。高雄の三餘書店(2013‐)は、一階が本屋さん、二階がカフェ、三階がイベントスペース、地下は展示スペースになっており、読書会や映画上映会など週に四回もイベントを開催、工業都市のイメージが強かった高雄の文化の拠点になりつつあります。
こうした21世紀の独立書店を愛する人々に通底している哲学の一つが、「小確幸」です。「小確幸」とは、村上春樹のエッセイ『うずまき猫のみつけかた』の一節「生活の中に個人的な「小確幸」(小さいけれども、確かな幸福))を見出す」に依拠する考え方です。
「小確幸」の体現の一つとして独立書店を支持し、楽しみ、応援、支援する読者(サポーター)の存在も、台湾の独立書店文化の魅力であり、多様性を包容し、個を重んじ、時に社会正義のために立ち上がる台湾社会のパワーの源でもあります。
『書店本事 個性的な台湾書店主43のストーリー』には、エッジのきいた43の本屋さんのストーリーとそんなエッジのきいた本屋さんに生きる店主のライフヒストリー&ハーストーリーが詰まっています。
台湾に旅行予定の方には、本書を携え、いつもの旅に本屋さんを加えて、更なるストーリーを紡いでいただきたく、台湾に旅行予定のない方は、本書をめくって、きらりと輝く多様な独立書店のストーリーを旅していただきたく思います。
独立書店は、個としての台湾との対話の楽しさと奥深さ、そして新たな自分自身との出逢いをプロデュースしてくれる場となることでしょう。もちろん、いずれも世界に唯一無二の空間ですから、インスタ映えも保証しますよ。
日本のみなさまに本書を手に取っていただけますように、私も応援いたしております。みなさまも応援よろしくお願いいたします。
赤松美和子
大妻女子大学比較文化学部准教授。兵庫県生まれ。お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。博士(人文科学)。専門は、台湾文学、台湾映画。
主要業績
著書 『臺灣文學與文藝營―讀者與作家的互動創作空間』(訳:蔡蕙光)群學出版、2018年
編著書『台湾を知るための60章』(若松大祐との共著) 明石書店、2016年
著書『台湾文学と文学キャンプ―読者と作家のインタラクティブな創造空間』 東方書店、 2012年
ネットコラム ハイブリッド台湾文学 http://motto-taiwan.com/2014/05/hybrid/