古代中世インドの言語論、詩と詩学、神話の研究者、川村悠人先生から応援メッセージをいただきました。
古代インドの大叙事詩マハーバーラタには、とりわけ海外において凄まじいまでの研究の蓄積があります。多くの研究者たちがその広大で深淵な世界に魅了され、この上ない熱量をもって研究に打ち込んできました。それは、今でも変わっていません。
近年では、日本でもこの古きインドの物語が多くの人から注目を浴びるようになり、日本語でその内容に触れることのできる書籍も増えてきました。ちょうど先月には、上村勝彦先生による『原典訳 マハーバーラタ』の復刊が開始されたところです。
ところが、マハーバーラタの物語はとても長く、複雑で、登場人物も多いため、なかなか話の流れをつかみづらいかもしれません。物語全体を見渡すことができる書籍の類はいくつかありますが、それでも読んでいて長く感じたり、どうしても文字が多くて読むのがしんどい、と感じる人もいるかもしれません。
分量がそこまでなく、平易な言葉づかいで物語の要点を伝えつつ、絵もたくさんあって親しみやすいもの。それによって、マハーバーラタの世界を抵抗感なく一望できるもの。そんな期待に応えてくれるのが、現在こちらのクラウドファンディングで翻訳を目指しているマハーバーラタ絵本です。
全体でおよそ250ページ。すべてのページに美麗で優しげな絵がはいっており、平易かつ丁寧な文章で物語の筋をつづってくれています。
話の展開が整理されていて、物語を理解しやすいよう工夫もなされています。
マハーバーラタの世界に初めて触れるのに最適な本だと思いますし、マハーバーラタに詳しい方にとっても、あんな場面やこんな場面がどんな絵で表わされ、どんな言葉で語られているのかを楽しむことができると思います。
ここ最近、マハーバーラタの英雄たちが用いる神器類に興味をもっているわたしとしては、英雄アルジュナの神器として有名な《パーシュパタ》がかっこよく可視化されているのを見て、思わず声をあげました。
もう一つ、この絵本を読んでいていいなと思ったのは、マハーバーラタ内の特定のキャラクターや特定のグループを不自然にもちあげたりすることなく、全体としてとても中立的な語りになっていることです。
そのような語りのおかげで、ミスリードされることなく、読者の方それぞれが先入観のない豊かな思索をできるようになっていると思います。
マハーバーラタの物語に多くの人が触れ、それぞれの楽しみ方をしてくれて、心躍ったり、充実感を味わったり、ワクワクしたり、人生の指針を得たりしてくれれば、嬉しいです。
古代インドの壮大な物語世界へいざなう最初の一冊にふさわしいものとして、このマハーバーラタ絵本が翻訳出版されることを心から待ち望んでいます。
2025年12月18日 川村悠人
川村悠人(かわむら ゆうと)
1986年生まれ。広島大学大学院文学研究科博士課程後期修了。博士(文学)。現在、広島大学大学院人間社会科学研究科教授。著書に、『バッティの美文詩研究―サンスクリット宮廷文学とパーニニ文法学』(法藏館)、The Kāraka Theory Embodied in the Rāma Story: A Sanskrit Textbook in Medieval India, D.K. Printworld, 『神の名の語源学』(溪水社)、『ことばと呪力―ヴェーダ神話を解く』(晶文社)、『パーニニ文法学講義』(臨川書店)、『ソシュールとインド―構造主義の源流を求めて』(人文書院)がある。