こんにちは。『ウォーターシップ・ダウンのものがたり』翻訳プロジェクト発起人の森瀬繚です。
この作品が、1972年に刊行され、幾度も映像化されてきた古典的な動物ファンタジー『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたちの』の後日談にあたることについては、すでにプロジェクト紹介ページで書いた通りです。
ここでいったん、作者のリチャード・アダムズと、前作『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたちの』について紹介させていただくことにします。
リチャード・ジョージ・アダムズは、1920年5月10日、英国バークシャーのニューベリーに生まれました。父エブリンは医者で、自叙伝などを読む限り、割と良い育ちのお坊ちゃんだったようです。
オックスフォード大学の在学中に第二次欧州大戦が始まると、彼は陸軍に招集され、ヨーロッパだけでなく中東や東アジアなど各地に赴きました。後に、この頃の戦友たちが、自身の物語に登場するキャラクターのモチーフになったということで、そこはトールキーンと重なりますね。
さて、戦後に大学を卒業、住宅・地方自治省の官僚となったアダムズですが、彼は幼少期から熱心な読書家で、趣味的に物語作りを楽しむ人物でした。たとえば、2人の娘を学校に送り迎えする際に、即興の物語を話して聞かせるのが常だったということです。
そして、60年代の終わり頃、観劇のためストラトフォード=アポン=エイヴォンに家族で出かけることになった時、8歳の娘がこう言ったのだとか。
「ねえパパ、これから長い自動車の旅に出かけるんだから、時間を潰せるように、これまで聞いたことのない、まったく新しい物語を聞かせてよ」
一家の暮らすオックスフォードから、目的地までは58マイル(約93キロメートル)ほど。そこそこ長い物語が必要です。アダムズは、筆を走らせて下書きを始めました。
「昔々、あるところに2匹のうさぎがいました。名前は、そう、ヘイズルとファイバーで、これから彼らの冒険についてお話しましょう──」
それは、住み慣れた丘を後にしたうさぎたちが、苦難を乗り越えて理想の新天地に辿り着く物語でした。そして、娘たちの勧めで、アダムズは2年がかりで仕上げた長編小説が、『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち Watership Down』なのです。
物語の舞台は、ロンドンの西に位置する英国南東部の典礼カウンティ、バークシャーの丘陵地帯です。サンドルフォード繁殖地と呼ばれる巣穴に、いささか保守的な性質のスリアラーを長とするアナウサギたちが暮らしています。そんなある日、一年子と呼ばれる若うさぎのファイバーが、この繁殖地に恐ろしい危険が迫っていることを予知しました。ファイバーの不思議な力のことをよく知っていた兄のヘイズルはスリアラーにかけあうのですが、相手にされません。弟を信じるヘイズルは、自分たちだけでも脱出しようと、親しくしている若うさぎたちに声をかけて回りました。そうして集まったのは、冷静沈着なシルバーに、話し上手で俊足のダンディライアン、知恵者のブラックベリ、たくましいバックソーン、それとピプキン、ホークビット、エイコンの3匹でした。さらに、ヘイズルを通したことでスリアラーから疎まれ、上士(アウスラ)という高い身分を剥奪された力自慢の年長者ビグウィグも同行を申し出ます。
かくして、ヘイズル以下11匹のうさぎたちが、サンドルフォード繁殖地から飛び出し、まだ見ぬ新天地へと旅立つのです。
途中、奇妙なカルトじみた習慣に支配されたうさぎの村や、アンゴラ種の雌うさぎを飼育しているナットハンガー農場などに立ち寄りながら、ヘイズルたちは互いに助けあい、ダンディライアンの物語るうさぎたちの伝説的な王エル=アライラーやフリスさま(=太陽)にまつわる昔話から勇気やヒントを得たりしながら、旅を続けます。怪我をしていたところを助けたカモメのキハールも、うさぎたちの大きな助けになってくれました。
出発地であるサンドルフォード繁殖地のモチーフであるサンドルフォード・パークから、彼らが旅を続けた距離はおおよそ8マイル(約13キロ)ほどですが、猫やキツネ、カラスといった野の動物たちに常に狙われているうさぎにとっては、危険極まる行程でした。
ウォーターシップ・ダウン
ともあれ、彼らは探し求めた新天地であるウォーターシップ・ダウンに、ついにたどり着きました。ただし、これは『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』のクライマックスではなく、中ほどの出来事でした。彼らの前途にはまだ、軍国主義的な体制をしく別のうさぎの村との大きな衝突──戦争が待ち受けているのです。(つづく)
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