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台湾発、中高年レズビアン17名の多彩な青春
『おばあちゃんのガールフレンド』を翻訳出版したい!

バックラッシュでわたしたちが失った20年を取り戻すために(栖来ひかり)

みなさんこんにちは、サウザンブックスPRIDE叢書です。
先日、無事にプロジェクトは成立しましたが、まだまだご参加が増えております!
そして最終日9/29まで、この本の良さをもっと多くの方に知っていただくよう頑張って参ります。

そこで、先日届いた、台湾の市民文化に詳しい、台北在住の文筆家、栖来ひかりさんのメッセージを紹介致します。90年代に京都でフェミニズム運動を体験し、東京生活を経て台湾に移った栖来さんのメッセージから、台湾のジェンダー運動の熱さ、そして日本社会への温かい期待を読み取れます。是非ご一読を!
 


バックラッシュでわたしたちが失った20年を取り戻すために。
栖来ひかり

1990年代から2000年初めにかけてジェンダーやセクシュアリティーに関する社会活動やパーティーが盛り上がっていた京都で過ごした。そこでわたしが感じていたのは、「これから女の子たちにとっても何だか違う時代がやってくる」という漠然としたわくわく感だった。
それを具体的に感じたのは、母校の先輩が関わっていた「ウーマンズ・ダイアリー」という一冊の手帖である。各ページに、女性に関する様々なメモや感じたことがイラストと一緒にページの下のほうに書かれていた。うろ覚えで実物もいま手元にないので原文を確認することが出来ず恐縮だが、
「銭湯に行ったときに見る老い若き様々な体形の女性の裸はどれも魅力的」
「おばあちゃんや年配の女性から『昔とても仲の良かった女性の友人』の話を聞いたりすることはないだろうか、それはもしかしたら、恋愛と関係はなかっただろうか」
という問いかけ、このふたつがとりわけ心に残っている。
自分で能動的にこうした活動に関わることは余りなく今思えば悔やまれるが、こうした流れはこれから日本でどんどん強まるのだろうと思っていた。
その後、仕事のために東京へ移り住んだ。自分が入りたかった業界で仕事の出来る喜びはあったが、その旧態依然としたあり方に嫌気がさしていた頃、縁あって台湾へとやってきた。台湾の社会が変化する勢いはものすごかった。以来ずっと台湾社会は目覚ましいスピードで変わっているのを間近に見ているが、日本に目を向ければ何だか余り代わり映えしない。旧態依然としたハラスメント、ルッキズム、ステレオタイプ、そして変わらない社会制度…。いつの間にかジェンダーギャップ指数は台湾と80位近く差をつけられている。京都にいたころ、わたしが感じていたあの変化への光は何だったのか?この20年の日本の停滞はいったい何なのだろう?

それがここ数か月のうち、堰を切ったように理由が明らかになってきた。まだまだ、これから色んなことが白日の元に晒されるのだろうが、2003年頃から日本で始まったジェンダー平等のムーブメントに対するバックラッシュで、日本の子供たちが自分の身体を大切にするためのきちんとした性教育を受ける機会が奪われた。セクシュアリティーについてきちんと学べる機会も奪われた。それどころか、伝統的な家父長制度に女性を押し込めようとする政治の流れが加速した。しかもはっきりとわかったのは、わたしたちから変化を取り上げたそうした力は、どうやら権力維持にのみ関心をもった、大した理念もない薄気味の悪い観念に支えられていたようだ。

どれぐらいのことがこの20年で奪われたのか、それを可視化するためにお隣の台湾の経験を知ることはとても役に立つと思う。台湾は、第二次世界大戦後に世界最長といわれるほど長く戒厳令が敷かれ、1980年代まで独裁政権下にあった。しかし、誰かの命を失うという大きな犠牲を払うたびに民主化に向かって進み、それが加速したのが1987年の戒厳令解除後である。凄まじいDVを受け夫を殺害した鄧如雯さん(1993)、そして性暴力事件で殺害された彭婉如さん(1996)の事件は女性の声なき声と身体自己決定権に社会全体の目を向けさせた。戦後社会で一般的だった夫の冠姓(結婚した女性は名前の一番前に夫の姓をつける)も解消され、夫婦別姓が当たり前になった。性的気質に関するイジメが原因で亡くなった「バラの少年」葉永鋕さんの死のあとに「ジェンダー平等教育法」が成立し、子供たちへのジェンダー平等への理解を深める教育が始まった。現在、中学生になる私の息子は、学校で「ハラスメントとは何か」「なにがジェンダー・ステレオタイプにあたるか」を学校でゴリゴリに学んできて、「MeToo」という昨今の運動がどういう意味を持つかもちゃんと理解しているみたいだから、教育は本当に侮れない。
女性やLGBTQ+といった様々なマイノリティが連帯し、2019年にはアジアで初めての同性婚法制化も成し遂げた。選挙において比例代表にはクオーター制が取り入れられ、女性議員の数は全体の四割を占め、国のトップにあたる総統も女性である。そしてこうした台湾の変化を支えてきたのが、この『おばあちゃんのガールフレンド』を編んだ同志諮詢熱線協会などのLGBTQ+団体や女性団体、人権団体である。こうした団体が声なき声や小さな物語を可視化し、それを政治が掬い上げて制度化してきた。
本来なら、この20年間のあいだに日本でも起こるはずだったことを台湾は成し遂げている。バックラッシュで何が奪われたのか。それをはっきりと想像してこれから取り戻していくためにも、わたしたちは台湾を知り、台湾から勇気をもらうことが必要だ。だからその中でもとびっきりの、とっておきの、小さくて大きな「おばあちゃんのガールフレンド」の物語を、よし、まずは聞こうじゃないか。



栖来ひかり(すみき・ひかり)

文筆家,道草者。
山口県出身,京都、東京生活を経て2006年より台湾在住。
台湾に暮らす日々、旅のごとく新鮮なまなざしで、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力をつたえる。
著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(西日本出版社,2018)『時をかける台湾Y字路~記憶のワンダーランドへようこそ』(図書出版ヘウレーカ,2019)など、挿絵やイラストも手掛ける。


■連載中コラム「たいわんほそ道」
 

2022/09/26 14:10