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フェミニズムの視点からトランス女性の経験をひもとく
金字塔的エッセイ『ホイッピング・ガール』を翻訳出版したい!

ホイッピング・ガールってこんな本!その2 山田秀頌さん(東京大学大学院総合文化研究科博士課程)より

 トランスジェンダーをめぐる経験や差別に多少なりとも関心を持っているけれども、どう考えたり語ったりすればいいかわからない。『ホイッピング・ガール』は、そんな人すべてに向けた本だ。

 『ホイッピング・ガール』がどんな意義のある本なのか、タイトルを見ただけではわからないだろう。単にトランス女性であるセラーノが自分の経験について書いているから、重要なのではない。かといって「トランスジェンダー入門」や「フェミニズムの教科書」のような本でもないし、ジェンダー研究者が書いた学術書でもない。だけれども、『ホイッピング・ガール』はあまたの自伝や、教科書や、研究書よりもはるかに面白い。

 なぜか。セラーノは、どこまでも自分の経験に基づいて書く。しかし、ただ個人の経験を個人の経験として書くだけでは終わらせない。そのままでは一人の経験でしかないものを腑分けして、どういうふうに他のトランスジェンダーの人々や、あらゆる女性の経験とリンクしているかを解明していく。個人の経験をより大きな仕組みの中で考えるために、セラーノは次から次へと独自の新しい概念を繰り出す。シスセクシズム、二項対立的セクシズムと伝統的なセクシズム、トランスミソジニー、シスセクシュアル特権、サード・ジェンダリング・・・一つ新しい概念が導入されるたびに、霧が晴れるようにあいまいだった部分が明快になっていく。「なぜトランス女性はいたるところで格下げされ、ゆがめられているのか」の説明が与えられていく。ウィットに富んだ経験の語りから出発して普遍的な現象の仕組みを説き起こしていく、その過程こそが本書の魅力といえる。

それに、個人の経験から出発して普遍的な現象の仕組みを解き明かしていくというこの作業は、「個人的なことは政治的なこと」というフェミニズムのスローガンを体現している。だからこそ『ホイッピング・ガール』は、トランスフェミニズムの最重要の著作となり得たのだ。

 『ホイッピング・ガール』が翻訳出版されれば、トランスジェンダーに関して新しいアイデアがたくさんもたらされるだろう。トランスジェンダーについて、フェミニズムについて、考えを進めたいと感じている人が必要としているものが、この本には詰まっているはずだ。
 

山田秀頌(東京大学大学院総合文化研究科博士課程・トランス研究)
トランスジェンダー・スタディーズ、クィア理論が専門。トランスジェンダーの身体やアイデンティティに関する英語圏の理論的展開をふまえつつ、日本における性同一性障害の医療・法的制度化とトランスジェンダーの生について考察している。論文は、お茶の水女子大学『ジェンダー研究』、国際基督教大学『ジェンダー&セクシュアリティ』、青土社『現代思想』に掲載。1991年生まれ。
 

2022/02/22 13:50