フアン・ディアス・カナレス&フアンホ・ガルニド『ブラックサッド』シリーズ(飛鳥新社)やカトリーヌ・ムリス『わたしが「軽さ」を取り戻すまで―"シャルリ・エブド"を生き残って』(花伝社)など多くのバンド・デシネの翻訳を手がける大西愛子さんが、サウザンコミックス第3弾『ワイン知らずマンガ知らず・仮』翻訳出版プロジェクトのために応援コメントを寄せてくださいました!
フランス語翻訳をしている大西愛子と申します。最近はおもにバンド・デシネを訳しております。
京藤好男さんが発起人としてクラウドファンディングを進めていらっしゃるエティエンヌ・ダヴォドーのLes Ignorants(『ワイン知らずマンガ知らず・仮』)はわたしも大好きな作品で、かなり早い時期に読んでいました。先日調べてみたら、フランスで刊行されたのが2011年10月なのですが、11月にはすでに注文しています。
タイトルのLes Ignorants—直訳すると「無知な人たち」—を見て、いったい何のこと? と正直思いましたが、どこか好奇心を掻き立てられて、あまり迷わず購入したのを覚えています。読んでみると、実に地味な話です。ドキュメンタリー・バンド・デシネとでも言いましょうか、著者のエティエンヌ・ダヴォドーがワイン作りをしている友人のリシャール・ルロワにワインのことを教えるように頼み、その代わり自分は彼にバンド・デシネのことを教えるという提案をします。そして1年半くらいかけて葡萄畑に繰り出し一緒にワインを作ることになります。その間、彼は様々なバンド・デシネをルロワに読ませます。
わたしはすぐにこの作品を翻訳したいと思いました。農業のマンガと言えば、荒川弘さんの『銀の匙Silver spoon』などが日本のマンガにもあります。『銀の匙』は若い高校生が主人公で、学園ものとしても読める青春賛歌みたいな要素もあったりしますが、こちらは40代後半のおじさん二人が主人公です。華やかなところはひとつもなく、ひたすら葡萄の木を剪定したり、ワイン飲んだり…でもお互いの仕事に敬意を持ち、それぞれが自分の仕事に誇りを持ち、真摯に向き合っています。日本のマンガにはない地味なドキュメンタリーも面白い、ぜひ紹介したいと思い、知り合いの出版社に持ち込みました。
編集者さんはとても興味を持ってくださったのですが、話をしているうちに、この作品にエマニュエル・ギベールの『フォトグラフ』の後日談も入っててという話をすると、それならLes Ignorants より先に、まず『フォトグラフ』から訳したらという話になってしまいました。『フォトグラフ』も大好きな作品でしたので、わたしにまったく異存はありませんでした。
当時はその後『無知なる者たち』を続けて訳せたらいいなと思っていたので、バンド・デシネのニュースを発信していたBDfileというサイトにレビューを書いています。よろしければご覧ください。
http://books.shopro.co.jp/bdfile/2013/05/post-44.html
またその前に著者のダヴォドーに編集者さんがインタビューした動画もアップされていて、その音声翻訳もわたしが担当しました。
http://books.shopro.co.jp/bdfile/2013/05/post-43.html
作者の人となりがよくわかると思います。
とはいえ、この作品の翻訳の話はいつの間にか立ち消えになり、早いもので7年余りの月日が過ぎました。
ところが今年になってサウザンコミックスの編集主幹の原正人さんから連絡が入りました。サウザンコミックス第3弾としてLes Ignorantsのクラウドファンディングをするのだが、成立した暁には翻訳しませんかという問い合わせでした。天から降ってきた夢のような話に小躍りするような気分でしたが、発起人の方はそれでいいのかということが心配でした。発起人の京藤さんはご自分ですでに訳をイタリア語から作成していらっしゃるほど熱意を持っていらっしゃるのだけど、もともとの言語であるフランス語から翻訳したほうがいいのではと、とても広い心で受け入れていただいたとのこと。そして京藤さんには監修の立場に回っていただき、すでにイタリア語版の訳を終えた立場から、専門用語や訳語のチェックをしていただけるという、二重にも三重にもありがたいご提案をいただきました。こんなことが本当に起こるんだと、実は今でも信じられないでいます。そのお気持ちにこたえるためにも、わたしに任せてよかったと言っていただけるように、しっかり気を引き締めて翻訳に取り組まなければと思っています。
ということで不思議なご縁で今回この『ワイン知らずマンガ知らず・仮』の翻訳をさせていただくことになりました。とはいえ、このプロジェクトが成立しなければ、翻訳の話もなくなるので、ぜひとも多くの方々に支援していただけるようにとひたすら祈っているというのが現状です。
作品のサブタイトル「Récit d’une initiation croisée」は「交差する入門の物語」という意味です。わたしも実はワインは好きですが、もっぱら飲む専門で、あまり詳しいとは言えません。この機に京藤さんにはワインについていろいろ教えていただきたいと思っています。そして僭越ながらわたしのほうは、バンド・デシネの面白さを翻訳を通してお伝えできればと思っています。そしてダヴォドーとルロワのように、日本語の翻訳チームもお互いの知識を「交差」させながら刺激しあって素敵な作品を作って行ければと思います。
すでに京藤さんはクラウドファンディングを盛り上げるためにイベントなどを企画していらっしゃるご様子。わたしのほうも、作品中に言及されているバンド・デシネについてSNSなどで紹介して行ければと思っていますので、よろしければご覧ください。
『ワイン知らずマンガ知らず』のフランス語版原書とエマニュエル・ギベール『フォトグラフ』を手にした大西愛子さん
大西 愛子
1953年、東京生まれ。フランス語翻訳・通訳。父親の仕事の都合でフランス及びフランス語圏で育つ。主な訳書にステファヌ・マルシャン『高級ブランド戦争 ヴィトンとグッチの華麗なる戦い』(駿台曜曜社)、エマニュエル・ギベール、ディディエ・ルフェーヴル、フレデリック・ルメルシエ『フォトグラフ』(小学館集英社プロダクション)、エマニュエル・ルパージュ『チェルノブイリの春』(明石書店)など。最新刊はコロナ禍での医師の活躍を描いたカリン・ラコンブ、フィアマ・ルザーティ『「女医」カリン・ラコンブ』(花伝社)