皆様はじめまして。サウザンコミックスの翻訳刊行プロジェクトの発起人をつとめる京藤好男と申します。私にとって初挑戦となるこのプロジェクトですが、サウザンブックス社スタッフの方々のご尽力により、5月12日に無事スタートすることができました。ご協力頂いた皆様には心から感謝を申し上げます。そして、これから3ヶ月間ほど、PR活動を頑張りますので、どうぞ応援をよろしくお願い申し上げます。
有り難いことに開始からまだ一週間ほどですが、すでに多くの支援金と応援メッセージを頂いております。発起人である私は、早くも感謝の思いで胸がいっぱいですが、同時に、大きな責任も感じています。なんとしても成功に導き、皆様に翻訳をお届けしたいと、改めて気持ちを引き締めている次第です。
原正人さんを編集主幹とする「サウザンコミックス」は、第1弾『レベティコ−雑草の歌』(原正人訳), 第2弾『テイキング・ターンズ』(中垣恒太郎訳)と、社会派の優れた作品を扱っています。そのバトンを受け継ぐ形で、第3弾に抜擢されたのが、私の推薦する『ワイン知らずマンガ知らず・仮』です。
本書の主題は「自然派ワイン」の生産現場であり、その意味で社会問題に関わるものと言えます。化学農薬による健康被害や土壌汚染は後をたたず、自然農法はそれらに対するアンチテーゼでもあるからです。こう書くと、堅物な本に思うかもしれません。化学農薬を一切使用せず、献身的に土や植物に寄り添う農作業は、確かに厳格でストイックなものです。しかし本書の特徴は、そんな過酷なはずの現場をむしろ淡々と、時に「ゆるく」描き出しているところにあります。
例えば、こんなシーンです。漫画家のエティエンヌが、葡萄の木の剪定を手伝っていると、造り手のリシャールが畑の真ん中で立小便を始めます。「なんてやつだ」とエティエンヌが憤慨すると、リシャールは平然と「これでやつら(葡萄の木々)はオレを覚えるのさ」と答え、口笛を吹いているのです。呆れた顔で、やがてフッとほほ笑むエティエンヌ…、そんな牧歌的な描写の数々に、読者はむしろ心地良さや懐かしさを覚えるでしょう。読み進むうち、あなたは二人と一緒に葡萄栽培とワイン造りの一年を体験し、やがて知らぬ間に、自然農法の本質に触れる思いがするかもしれません。そんな柔らかなリアリティーにあふれているのが、本書の不思議な魅力だと私は思います。
また、本書のもうひとつの見所に、BD作家たちとの交流があります。フランス語の原題はLes ignorants, 直訳は『無知なる者たち』であり、副題には Récit d’une initiantion croisée『相互教育の物語』と銘打たれています。作者のエティエンヌは、リシャールにワイン造りを取材させてもらう代わり、自分の専門分野、漫画の世界を彼に案内します。たくさんのBD作品を読ませたり、印刷所や編集部へ連れて行ったり、メビウスの展覧会に招待したり… 。『夢の囚われ人ジュリウス・コランタン・アクファック』シリーズで有名なマルク=アントワーヌ・マチューの自宅に会いに行き、一緒に中庭で漫画談義をする場面などは、BDファンならきっとワクワクすることでしょう。
こうした「交換レッスン」を通して、二人は互いの共通性、あるいは差異に気づき、思索を深めるのです。しかし、それも深刻で、押しつけがましいものではありません。まるで遠足にでも行くように互いの世界を訪ね合い、終わればワイングラスをかたむけて心を開き合うのです。
このように、本書にはさしたるストーリーがあるわけでもなく、ただ畑仕事に流れるリズムで、小さな、しかし確かなエピソードが積み上げられて行くのです。現代を生きる私たちにとって、その緩やかさはまるで時代を遡る行為にも映ります。その営みがいかに豊かで、幸福であるかを教えてくれているようです。リシャールが実践するビオディナミ農法は、厳格な規定の下に行われる自然農法です。裏を返せば、原始の人々の知恵と労働に立ち返る農法です。1924年にルドルフ・シュタイナーが行った農業講座が、ビオディナミ農法の発端と言われます。それからおよそ100年後の世界を私たちは生きています。その間に私たちは何を産み出し、発展させ、何を破壊したのでしょうか。本書はそんな問いを我々に投げかけ、そして、次の100年を考える架け橋となってくれているように思います。これこそが本書を世に出したい理由となり、私の背中を押しています。しかし繰り返しますが、決して威圧的なものではなく、そこに感じるのは希望であることを申し上げておきます。こんな本書の魅力を、皆様と分かち合えることを願っています。翻訳出版の実現まで、精一杯頑張ります。応援のほど宜しくお願い申し上げます。
発起人 京藤好男