最近、エイズの歴史や記憶を、コミュニティや社会の中でどう継承するのかという課題について、私の周りでも話したり、考えたりする機会が多くなった。ここ数年、エイズの活動に取り組んできた大切な先輩や仲間が続けて亡くなってしまったこともある。また昨年より流行する新型コロナウイルス感染症の対策でも、社会がエイズなどの感染症対策を経験してきてるはずが、人権に関わる問題を対策で繰り返してしまっている。
といっても、自分も2000年代中盤にこの領域に携わり始めた、未だ比較的若手のほうでもある。こうした関心をもっていたちょうどそのときに、本書を紹介を受けた。
『テイキング・ターンズ』の筆者は、シカゴにあったHIV/エイズ専門病棟「371病棟」についての記憶の物語をマンガによって描き出す。物語の語り手のMKは、大学では英文学・哲学を修め一度は就職するものの、思うところがあったり看護師をしていた母親の影響もあって、看護の道を改めて選び直した。私も文学部の出身だったり、MKと同じく母や祖母が医療職だったため、とても共感する背景だった。
素朴な絵柄で表現され、たんたんと場面が移行していく。原書でみてみると、一コマ一コマに手書きでびっしりと書き込まれたテキストの量とその筆致に圧倒される。患者とのやり取りや看取りだけでなく、自身の針刺し事故の経験から気づいたことなど、MKの経験を中心に丁寧に語られる。
1997年に「そして希望がやってきた」とHAART療法(当時)の登場によって劇的にHIVの治療が変わっていく様子が語られる。その希望の光が逆に、たった2年前の1995年がシカゴでのエイズによる死亡件数の最多の年だったことが印象強く残った。
特に読んでもらいたいと感じたのは、物語の後半に、371病棟に関わった人たちがその経験を振り返っての言葉が並べられる箇所だ。そのなかでも"This was our plague(これは私達の疫病だった)"という言葉に、私は特にグッときてしまった。ほんの数十年も経たない過去に、この病気によってどれだけの人が、数の上だけでなく、どれだけの背景をもって亡くなっっていったのたか、そのことが忘却されているのではないか。そして私たちの健康課題として、ウイルスより人が賢く連携して、この疫病に向き合うことの大切さが語られる。
日本でもたくさんの人が、特にHAART療法の導入までにエイズで死去している。亡くなってしまった人やサバイブした人たち、そのケアをした人たちの経験はどのように語り継がれるのだろうか。読み終わった今、改めて強く感じている。
ぜひ『テイキング・ターンズ』を多くの人が読んで、過去と、そして今も終わらない「私たち」の健康課題としてのエイズについて考えてもらいたい。
岩橋恒太
アジア最大といわれる、セクシュアルマイノリティのバーや商業施設が連なる新宿2丁目にあるコミュニティセンターを拠点に活動するNPO法人aktaの代表。2006年よりHIVや性感染症の予防啓発活動、研究、地域のHIVに関わる人たちの連携・協働を進める活動に取り組む。
https://akta.jp/