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エイズが死に至る病だった1990年代前半、
医療従事者や患者を描いた海外コミックス
『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』を翻訳出版したい!

マンガ家の田亀源五郎さんから応援コメントが届きました!

 自分たちが過ごしてきた「あの時代」のことを、作品としてどう語れば良いのだろう。これは作家としての自分が抱え、そして未だ解決できずにいる問題だ。
 エイズ。
 記憶を辿ると、それはまず「海の向こうの奇怪な病」として、私の前に現れた。ゲイがかかる死に至る奇病。正しい情報など何もなく、奇妙な話だけがあちこちで囁かれていた。とある有名人が「あれは肛門性交で感染するものだが、日本のゲイはあまりそれを好まないから、大丈夫なのではないか」などとメディアで発言したり、またゲイコミュニティ内で「日本人は味噌や納豆を食べているから平気らしい」などといった噂が流れた、そんな時代を私は良く覚えている。そしてその頃のゲイ雑誌では、エイズの話題を載せるのは厳禁だったりもした。それだけそれは、ただ恐怖の対象でしかなかったのである。
 やがて少しずつ冷静な情報が聞かれるようになり、海外発の活字や映像による表現も見られるようになった。しかしそれはまだ死に至る病であり、エルヴェ・ギベールの自伝的小説『ぼくの命を救ってくれなかった友へ』(1992)や、シリル・コラールの自伝的映画『野性の夜に』(1992)は、エイズで斃れた作家たちの遺書でもあった。そんな時代や人々のことを、今ではどのくらいの人々が知っているのだろう。
 それからしばらく経って、映画『ジェフリー!』(1995)が公開されたときに、少し潮目が変わったような気がした。HIV感染を恐れてセックス絶ちを決意したゲイ男性が主人公のコメディなのだが、この素材をコメディにできるということ自体が、まず大きな驚きだった。そして身近にいたHIV+の知人が、「エイズの映画の中で一番好き」と喜んでいたのも、よく覚えている。そしてこの頃になると、ゲイ雑誌にもHIVやセーファーセックスの情報が載るようになっていた。
 以降のことは割愛するが、こうして我々は少しずつ少しずつ、HIVと「共に生きる」ことを学んできたのだ。
 しかしそういった時代のことが、どれだけ記録として残されているのだろう。
 先ごろ公開された映画『BPM ビート・パー・ミニット』(2017)では、そんな時代の光景が見事に作品として記録されていた。あれを見て改めて、自分も作家の端くれとして、エイズとその次代を扱った作品を、残すべきではないかと思ったのだのだが、正直なところ、自分は当事者として語れるほど、その渦中にはいなかった。目撃者というのもおこがましい、せいぜい傍観者である。そんな自分が、あの映画のような説得力を持った作品を、フィクションとして創造できるかというと、やはりその自信はない。
 長くなってしまったが、これが冒頭で述べた、自分が抱えている問題である。

 さて、今回のクラウドファンディングの対象である『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』は、HIV/エイズケア病棟で1994年から2000年まで働いた看護師のマンガによる回想録だという。何ということ、これぞまさに当事者が語る、エイズとその時代の記録ではないか。それだけでも、もう読んでみたくてたまらなくなる。
 実を言うとサウザンコミックス様のご厚意で、本の中身をひと足お先に原書で拝見させていただいた。如何せん英語なので、気になったページを拾い読みした程度だが、それだけでも、不注意でニードルを指に刺してしまった際の心理的な葛藤や、患者に寄り添い交流しながらも、そんな自分が看護師としての一線を越えてしまっているのではないかと悩むといった、当事者の回想ならではの豊かなディテールが目に留まった。それが飾り気のない作風で淡々と語られるのも、まるで誰かの絵日記を読んでいるようで、不思議な魅力を感じる。
 自分のことを語るというのは、物語の持つ大きな力の一つだ。特に私のようにマイノリティ表現に身を置いている者にとっては、それがあまり多くは語られてきていないものであれば、その分だけより貴重に感じられる。同性愛が隠匿すべきものとされていた時代には、同性愛者のライフヒストリーなど公には殆ど語られることはなく、そして記録としても残らない。だからこそ、自分のことを語り、それを作品として残すことは重要な意味を持つ。そしてマンガという媒体は、間口の広さという大きな力を持っている。アカデミックな専門書は読まない人でも、マンガなら読んでもらえるかもしれない。カジュアルな敷居の低さは、マンガの持つ大きなパワーの一つだ。
 HIV/エイズが、それだけでセンセーショナルな話題だった時代は、幸いにしてもう過ぎ去ったのかもしれない。しかしそんな今だからこそ、改めて「その時代」が語られ、作品という形で記録に残ることの大事さに、私は思いを馳せる。そしてそれが、自分の母語である日本語で読めるようになることを切望する。

 プロジェクトの成功を心から祈りつつ、以上をもって自分からの応援メッセージとさせていただきます。



田亀源五郎

マンガ家/ゲイ・エロティック・アーティスト。
1964年生まれ。多摩美術大学グラフィック・デザイン科卒業。80年代中頃からゲイ雑誌「さぶ」「バディ」「ジーメン」等でマンガ、イラストレーション、小説を発表。アダルト向けゲイマンガの代表作は、『銀の華』『君よ知るや南の獄』など。2014年からは一般誌にも進出。初の全年齢層向けマンガ『弟の夫』は、第19回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門 優秀賞、第47回日本漫画家協会賞 優秀賞、米アイズナー賞 最優秀アジア作品賞、米GLLI 翻訳ヤングアダルト書籍賞、独ルドルフ・ダークス賞 ベスト・アーティスト賞/アジア・シナリオ部門など、国内外で数々の漫画賞を席巻。10カ国以上で翻訳出版され、2018年にはNHK BSプレミアムにて実写ドラマ化。全年齢層向けマンガ第二弾『僕らの色彩』も、既に仏独韓などで翻訳出版され話題に。
アーティストとしては主に海外で活動。パリ、ベルリン、ニューヨーク等で個展を多数開催。また、日本のゲイ文化史研究の成果として、書籍『日本のゲイ・エロティック・アート』シリーズ全3巻を編纂。
http://www.tagame.org/

2021/02/17 14:04