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エイズが死に至る病だった1990年代前半、
医療従事者や患者を描いた海外コミックス
『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』を翻訳出版したい!

英文学研究者の三村尚央さんから応援コメントをいただきました。

三村尚央(みむら たかひろ)さんは、カズオ・イシグロにまつわる作家作品研究および「記憶研究」の観点から、英文学の領域で精力的に活動されている研究者です。
近年では医療人文学にも関心を寄せていらっしゃるとのことで、グラフィック・メモワールとしての『テイキング・ターンズ』翻訳刊行に対する期待を寄せていただきました。


 私は文学研究の一環としてマンガ『テイキング・ターンズ』と「グラフィック・メディスン」というジャンルに関心を寄せています。
 実話をもとにしたマンガと、虚構(フィクション)を基本とする文学とは、一見別物のように思われるかもしれませんが、広い意味での「物語」という点では関連性がたくさんあります。特に、実話であれ虚構であれ、あるストーリーを「どのように描くのか」という点は物語にとって、とても重要です。同じ話でも、伝え方によって面白さが全然違いますよね(何気ない話題でもしゃべる人によって印象的になったりしますし)。また、文章で伝えるのか、あるいは映画やドラマのように映像やマンガで伝えるのかでも、印象が変わりますから、その違いも広い意味での文学研究の対象なのです。
 この『テイキング・ターンズ』はご覧のようにシンプルな(脱力系、とも言えそうな)絵で描かれていますが、そのテーマはエイズのケア病棟という非常にシリアスなものです。シリアスな物語が写実的な劇画調でなくこのようなタッチで描かれていることで、かえって物語がリアルに読者に伝わりやすくなっている点は非常に興味深いです。
 またこの作品は、物語の当事者たちが作り手としても大きく関わっている点も面白いです。どのエピソードも彼らにとって非常にタフなものであったはずですが、このスタイルだからこそ(どうにか)語ることができたのだろうな、と想像することでもこの絵柄が持つ重要性が感じられてきます。
 現実から離れた娯楽や気晴らし(もちろん、これはこれで重要ですが)だけではない、リアルとフィクションが複雑に絡み合った「物語」のはたらきを考える上でも『テイキング・ターンズ』が格好の題材であることは強調しておきたいです。
 近年は、「物語」と「医療」との関わりが、医学と人文学の双方から注目を集めています。たとえば医療をテーマにした小説や映画、マンガだけでなく、医療に関わる者が倫理を学ぶ題材としての物語の役割や、治療法としての物語(ナラティブ)の可能性です。そうした分野は医療人文学(medical humanities)あるいはナラティブ・メディスン(narrative medicine)と呼ばれるようになっています。ですから、これが翻訳されれば、日本で医療に実際に関わる方々が(普段は本を読む習慣がない人にも)、具体的な事例を知るためのテキストとしても非常に有効ではないかと期待できます。
 ちなみに、私の研究対象はイギリスの文学で、特にカズオ・イシグロという日本出身の英語作家に関心を持っています。イシグロのような現代の作家は物語を「どのように語るのか」ということに非常に意識的です。そこには言語だけでなく、映画などの映像化も含まれていて、イシグロは2017年にノーベル文学賞を受賞した際には「機会があればグラフィック・ノベルも書いてみたい」とさえ発言していますから、物語研究の可能性を広げるものとしても、『テイキング・ターンズ』のような作品が日本語にも訳されて多くの人に読まれることを願っています。
 

 
三村尚央(みむら・たかひろ/イギリス文学・記憶研究)
千葉工業大学教授。イギリス文学、特にカズオ・イシグロの小説について研究してゆく過程で記憶の文化にも関心が広がっています。病や災害の記憶といった直接向き合うのがつらいものも含めて、過去がどのように想起され、どのような叙述(物語)にまとめられるのか、そのような点からグラフィック・メモワールにも関心を抱いています。

<主要著書>
『カズオ・イシグロと日本』(共著)(水声社、2020年)
『カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』を読む』(田尻芳樹との共編)(水声社、2018年)
 
<主要訳書>
ヴォイチェフ・ドゥロンク『カズオ・イシグロ 失われたものへの再訪 記憶・トラウマ・ノスタルジア』水声社、2020年)
アン・ホワイトヘッド『記憶をめぐる人文学』(彩流社、2017年)

2021/01/15 11:59