『キミのセナカ』のクラウドファンディングに参加していただいたライターの李信恵(リ・シネ)さん。在日コリアンとして、差別問題に取り組んでいる李さんですが、実はPRIDE叢書の第1弾『ぼくを燃やす炎』のクラファンにもご参加いただいていたそうです。在日と、LGBTQ、マイノリティが枠を超えて繋がっていけるのか。プライド叢書編集主幹、宇田川しいが李さんにインタビューしました。
■在日とLGBTQの共通項、カミングアウトする?しない?
宇田川しい 李さんは、PRIDE叢書の1冊目である『ぼくを燃やす炎』のクラウドファンディングにも参加していただいてたんですよね。在日として差別問題に取り組んでらっしゃいますが、LGBTQについても以前から関心があったんですか?
李信恵(リ・シネ) もともとレズビアンやゲイ、トランスジェンダーの知り合いはいましたし、東京レインボープライドが韓国のLGBTQのパレードに参加するのを見て、身近な問題という感じがしていました。
宇田川 在日と、LGBTQの置かれた立場には類似点もありますよね。例えば、どちらもカミングアウトするかしないかという問題がある。
李 似ている部分も似ていない部分もありますね。在日の場合は親にカミングアウトする必要はないけど、LGBTQの場合、まずそこから問題になってくる。
宇田川 なるほど。李さんは、ずっと民族名を名乗って来たんですか?
李 私は、中学2年の時に学校で本名宣言をやったんです。
宇田川 本名宣言?
李 私が子どもの頃は、学校の先生が在日であると誇りを持って宣言しようっていう教育を盛んにやっていたんですよ。同和地区の子の場合だと同様に立場宣言というのが勧められていたそうです。
宇田川 今だと、やり方によっては強要だと言われて問題になりそうですね。
李 もちろん、差別問題に関するきちんとした教育があって、とても熱心に取り組んでいる先生がいてのことでしたけど。私は、在日であることは恥ずかしいことではないと思っていたし、自分の中の民族性を取り戻したいというような気持ちもあって本名宣言したんです。
■立場の違いで離れていった友人も
宇田川 周囲の反応はどうでした?
李 もともとみんな、私が在日だってうっすら分かってるんですよ。それで本名宣言した後、友だちが集まって来て、何を話したかというと“あだ名をどうするか”でしたね。それまで烏川っていう日本名を名乗っていて。ちなみに烏川っていうのは父親の本貫のある地名なんです。
宇田川 日本名と言ってもちゃんと民族性が込められているんですね。
李 そうなんです、それで“うーちゃん”て呼ばれてたんですよ。これから李になるから“りーちゃん”にすべきか、これまで通りうーちゃんでいいのか、会議ですよ。
宇田川 なんか、ほのぼのしてますね。一方で、本名宣言しない人もいるんですよね。
李 もちろん隠したいと思う人もいます。それで悲しい経験もありました。夏休みにハギハッキョというのがあるんです。漢字で書くと夏季学校。在日でも民族学校でなく日本の学校に通っている子どもを集めて民族教育をする。小学校の頃にハギハッキョで友だちになった別の学校の子が、中学に上がると一緒の学校になったんです。でも、声をかけたら無視された。自分が在日だってことを知られたくなかったんですね。その時は「友だちなのに!」と腹が立ったんですが、今にして思えばその子も辛かったでしょうね。
■外国人登録証、指紋押捺問題と向き合った16歳の頃
宇田川 李さんは本名宣言もして、ご自分のルーツに誇りを持っていた。悩んだりはしなかったんですか?
李 いや、高校に入ると日本人だったら考えなくていいことを、いろいろ考えなければならなくなって。当時は16歳になると外国人登録証を携帯する義務があって指紋押捺しなければならなかった。それで指紋押捺拒否運動が起こって、私も押捺を拒否したんです。ところが親は「そんな運動するな」と言うし、学校で先生に相談したら「悪法も法だから」なんて言う。在日の先輩でも「そんなことで何が変わるの? 指紋くらい押せばいいのに」なんて言う人がいる。日本人の友だちにはなかなか問題が理解してもらえないし。民族名で学校に通っているのが自分だけだったこともあって孤立感がありました。
宇田川 そういう生きづらさを、李さんはどうやって乗り越えてきたんですか?
李 本と音楽とバイクが救いでしたね。バイクと言っても暴走族じゃなく走り屋の方です(笑)。音楽は聖飢魔IIのおっかけとかやってました。
宇田川 学校と家だけじゃなく、他に居場所があるって大事ですよね。
李 こっちがダメでも、あっちがあるっていう選択肢が多い方がいい。
■本を読むことで得られた共感と勇気
宇田川 本は、どんなのを読んでたんですか?
李 在日の人が書いたエッセイをよく読みましたね。朴慶南(パク・キョンナム)さんとか。在日の詩人、金時鐘(キム・シジョン)さんや、劇作家のつかこうへいさんが書いたものからも影響を受けました。ネットも一般的じゃなかった時代、自分と同じ在日の人の考えを知るのには本しかなかった。自分一人じゃないんだって思えることは大きいですよ。そういう意味では『キミのセナカ』も10代の子が読んで、“切ない思いをしてるのは自分一人じゃないんだなあ”って思えるだけで価値がありますよね。
宇田川 今は周りにいないように見えるけど、一人じゃないんだって分かってもらえればいいですね。
李 それからアジアのジャンヌ・ダルクと言われる柳寛順(ユ・グワンスン)や一円訴訟で知られる崔昌華(チェ・チャンファ)牧師の本を読んで、“闘っている人がいるんだ”と勇気をもらいました。
宇田川 一円訴訟というのは、韓国人の名前を日本語読みするのは人格権の侵害だとしてNHKに対して1円の損害賠償や謝罪などを求めた裁判ですね。裁判自体は違法性がなかったとされ敗訴していますが、氏名が人格権であることを認めさせ、また、その後、氏名を母国語読みする流れを作りました。
■マイノリティは助け合い共闘していける
李 上の世代が闘ってくれたおかげで在日の社会的地位は上がってきました。ただ、これは在日だけのことではないとも思うんです。在日が培ってきたことが他のマイノリティの問題にも援用できる。朝鮮学校の通学定期が割高になっていたことにオモニたちが立ち上がって差別を撤廃させた。それが後に、別の外国人学校にも適用されるという形で役に立っている。
宇田川 そうやって、さまざまなマイノリティが助け合い、共闘できればいいですね。
李 ほんとにそうですね。ただね、私は他のマイノリティ、LGBTQや障害者や、そういう人たちのことで分かってないことも多いから、知らないうちに“やらかしてる”こともあるんじゃないかって思うんですよ。例えば保毛尾田保毛男について、私はもともととんねるずが好きじゃないので、一緒になって笑ってたわけじゃないけど、あまり関心を持ってなかったですよ。人に、「無関心はよくない」なんて言いながらね。
宇田川 それは僕も内心、やらかしてるんじゃないかとビクビクしていて、他のマイノリティどころか、LGBTQの中でもゲイ以外のLBTQの人たちだって完全に理解しているなんて言えないわけで。
李 でもね、かといって気にしすぎて何も言わないんじゃどうしようもないんで。謙虚な姿勢で進んでいくしかないと思いますけどね。
■悩んでいる子に、一人じゃないと言ってあげたい
宇田川 そういう意味で、相互理解を深めるために、コミックって入りやすくていいと思うんです。
李 田亀源五郎さんの『弟の夫』とか、よしながふみさんの『きのう何食べた?』とか読んでるとね、“もし、自分の息子がゲイだったら、こんなふうに接すればいいのか”とか考えるんですよね。もう、この歳になるとね、“自分の息子がそうだったら”とか“息子の友だちがそうだったら”とか、そういうところですよ。
宇田川 僕も子どもはいないけど、やっぱり自分のことより下の世代のことを考えるようになってますね。少しでも生きづらさが解消されるといいなあ、と。
李 ほんとにね。悩んでる子には一人じゃないんだって言ってあげたい。そして、大阪に来たらオバチャンがホルモン食わしたるから元気出せ、と(笑)。
李信恵(り・しね)
1971年、大阪府東大阪市生まれ。大阪芸術大学卒。大学在学中よりライターとして活動。差別問題、慰安婦問題、教育問題などをテーマに執筆を行う。著書に『#鶴橋安寧―アンチ・ヘイト・クロニクル』(影書房)、『#黙らない女たち』(上瀧浩子と共著・かもがわ出版)がある。