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母子感染症を防ぐため、実話を元にしたストーリーを翻訳出版したい!
障害を持って生まれ16歳で亡くなった少女と愛犬の物語

翻訳作業中の原稿を一部公開しました

第4章 エリザベス――クリスマスの祝福

 エリザベスが生まれてからいくつ季節を数えてきただろう? 予定日はクリスマスシーズンで、生まれてくる日をわくわくしながら待っていた。前の年のクリスマスイブに流産してしまっていたのでなおのこと楽しみだった。1989年12月18日、エリザベスが生まれた瞬間、私は恐怖に貫かれたように感じた。何かがすごくおかしいのがわかった。「頭がすごく小さいように見えるわ」と思った。「すごくゆがんでいる」出産に立ち会った医療チームも心配していて、私に「たぶんCATスキャンをしたほうがいいでしょう」と言った。
 次の日の朝、新生児科の先生が病室に来て「娘さんは重度の小頭症です。脳に深刻な障害があって全体に石灰化した部分が見られます。血液循環が弱くて、呼吸もうまくできません。もし生きていくことができても寝返りもおすわりも自分で食べることもできないでしょう。今のところ、目が見えるのか耳が聞こえるのかはまだわかりません。」と告げた。

 お医者さんは最後にエリザベスの先天的障害は先天性サイトメガロウイルス症(サイトメガロウイルス=CMV、Cytomegalovirus)が原因だと言った。私は妊娠中に(あるいは妊娠直前に?)このウイルスに感染したのだろうと。そんなことがあるのだろうか? 出産前小児保健指導でもらった資料は全部本当に注意深く読んだし、健康に悪そうなものも極力避けてきたのだ。

 産婦人科の先生は一度もCMVウイルスについて注意してくれなかったし、避け方についても教えてくれなかった。どうやら乳幼児を子育て中の女性は感染リスクが高いらしい。このウイルスのキャリアになるのは主に幼児で、唾液や尿の中にウイルスが排出される。CMVの資料を読むと、保育士は感染の危険が大きいと書いてあった。自宅で保育ママをしていたのが、エリザベスを傷つけることになるなんて考えもしなかった。なぜ手遅れになる前に誰も私にこのことを教えてくれなかったの? 知っていたらジャッキーが手をつけたごはんを食べないようにもっと気をつけただろうに。預かった赤ちゃんのおむつを替えるときにゴム手袋をしただろうし、手もよく洗っただろうに。教会の保育所のこどもたちの世話を手伝ってくれた夫のジムにも子どもたちの唾液に気をつけるように言っただろうに――彼がこどもたちからウイルスをもらって私に移したのかもしれなかった。

 障害の程度が軽い場合、先天性CMV感染症の子どもたちは難聴だったり、大きくなってから学習障害になったりする。けれどもエリザベスの障害は重度だった。新生児科のお医者さんは私に「今までに見た中でエリザベスは最悪の症例です」と言った。

 「もう私の人生は終わりだわ」と思った。「どうしてこんなことが我が家に起こったの?」私は病院のベッドに横たわり、「エリザベスを今すぐ治してください」と神に祈った。神様は願いを聞いてくださらなかったので、地震で私を押しつぶして死なせてくださいと願った(首都ワシントン周辺では地震は滅多に起こらない)。それも起こらなかったとき、窓辺に立って雷に打たれますようにと祈った。だが嵐が起こる気配はなかった。もっと詳しい検査のためにエリザベスを小児病院に連れて行く道すがら、ギャングが車を流しながら銃を撃ってくるのに巻き込まれますようにとも祈った(これは首都ワシントンではよくあることだった)。だがその日、チンピラどもはピストルをしまい込んでしまっていたようだ。

 子どもたちは神様からの祝福のはずだった。だが私は祝福などされていないように、まるで天罰を受けたように感じていた。

 友達が電話をかけてきてくれたが、みんななんと言って良いか言葉に詰まってしまっていた。夢が砕けてしまった人になんと言ったら良いのだろう? お祝いの花束じゃなくてお悔やみの花束が来た。

 子どもが生まれたら早くお披露目をしたくなるものだけど、私は隠しておきたかった。子どもを見せるのを恐怖した。エリザベスが「違う」のを見て欲しくなかった。エリザベスを見た人が悲しそうな可哀想だという顔つきをするたびに私の心の痛みは深くなった。重い脳障害のある子どもを世間にデビューさせるのは「正常な」子どもの場合と大変大きく違っている。エリザベスの人生の始まりをいっしょに喜んでくれる人はほとんどなかった。ジャッキーをお披露目したときは、明るい機敏な目に気がついた人たちが「何も見逃さない子でしょ?」と聞いてきた。エリザベスを見た人たちはどこを見ているか定かではない目に気がついて「目も見えないの?」と聞いた。

 最初は、エリザベスを見るたびに私の心はあらたに破れた。この子の病気と残された日々を考えずにはいられなかった。そこにいるのはエリザベスではなくて障害と寿命になってしまった。知りたがりの人たちは「お医者さんは何と言っているの? これからの見込みはどうなの?」と聞いた。答えたくなかった。お医者さんもお医者さんが出した今後の見込みも憎かった。あまりにも心が醜くなって話すことができなくなっていた。エリザベスの「今後の見込み」はまるで実在する怪物のように私を容赦なく苦しめた。



※本原稿は翻訳作業中のもので、完成版とは異なる部分もございます。あらかじめご了承ください。
2016/08/19 12:28