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グラフィックノベル史に燦然と輝く傑作
『Asterios Polyp(アステリオス・ポリプ)』を翻訳出版したい!

アメリカ演劇を研究する辻佐保子さん(早稲田大学 文学学術院 文化構想学部 講師)から、応援メッセージが届きました!

 2016年7月、矢倉喬士さんより一通のDMが届きました。グラフィックノヴェル『アステリオス・ポリプ』の読書会へのお誘いでした。今回のクラウドファンディング発起人としての文章と同じくらい、熱量の高いオススメがそこにもありました。正直、驚きました。私の専門はアメリカ演劇・ミュージカルで、グラフィックノヴェルをきちんと読んだことがなかったからです。過去に読んできた外国のマンガといえば、谷川俊太郎訳『ピーナッツ』がせいぜいでした。
 参加すると返信しました。DMが届いたのは夜半で、朝8時ごろに返信したので、即答といってよいでしょう。ためらいがなかったわけではありませんが、飛び込むことに決めました。『ファンホーム』に『アニー』、『君はいい人、チャーリー・ブラウン』。広義のマンガからミュージカル化された作品が頭をよぎっていました。そういった作品のことを考える時がきたら、必ずマンガというメディウムのことも知らなければならない、ならば読書会が絶好のチャンスだ。そんな打算が働いていました。けれど何より、何人もの知恵と感性を寄せ合って意見を交わすに足る『アステリオス・ポリプ』がどんなものか、興味をかき立てられたからです。
 Amazonの段ボールから『アステリオス・ポリプ』を取り出し、開いてみました。そうか、そういえばグラフィックノヴェル(あるいは広義のマンガ)って、線・面・色でできているんだなぁ、と感じ入りながら読み進めました。当たり前のことに感動しているようですが、当たり前のことはしばしば透明になって意識できません。『アステリオス・ポリプ』ではそんなグラフィックノヴェル(あるいは広義のマンガ)を構成する当たり前を大胆にさらけ出した上で、魅力的なキャラクターが編みあげられ、関係が紡がれ、物語が綴られていました。一つひとつのストローク、コマの置き方、配色が計算されていて、画としてキマっていて眺めていたくなると同時に、けれど止まらず先へ先へページを繰りたくなる話運びの軽やかさも感じられました。とても充実した読書体験だったと記憶しています。
 読書会は大いに盛り上がったと記憶しています。詳細なやり取りはだいぶ忘れてしまいましたが、作中に散りばめられた「半分」や「オデュッセイア」「オルフェオとエウリディーチェ」のモチーフについて、9.11以前の話であることについて、様々な考えや疑問を話し合いました。猫のノグチ可愛い、振付家のウィリーは何者?という感想を共有し、アステリオスの辿る変化はどのように言語化でき、ハナはその変化においてどのような存在として描かれているか、議論を交わしました。
 そして今、2022年。『アステリオス・ポリプ』翻訳出版プロジェクト始動の報を受け、久々に読み返してみました。読書会に参加した時には流していた場面やキャラ、描画スタイルが、今度は気になって仕方ありません。汲み尽くせぬ『アステリオス・ポリプ』、恐るべし。読書会からここまで本作に取り組み続けた矢倉さんに敬意を覚えます。また、#わたしだけのブッククラブ で未邦訳本を魅力的に紹介されてきたはせがわなおさんが共訳者とは、なんて素敵でしょう。『アステリオス・ポリプ』の根幹をなす、他者との親密な関係構築の希求というテーマが、翻訳のレベルからも模索されようというわけです。意欲的な試みに胸が踊ります。
 そんな質量ともに豊潤で芳醇な本作は、翻訳出版にかかる費用もリッチなため、クラウドファンディングという手法を取る他ないとのことです。もしご興味を持たれた方は、ぜひクラウドファンディングのサイトをご覧ください。皆様のお手元に『アステリオス・ポリプ』が届きますよう、ご支援をいただけましたら、ひとりの読者としてこの上ない喜びです。プロジェクトの成功を心から願っております。


辻 佐保子
早稲田大学でアメリカ演劇、特にミュージカルを研究している。二人組のミュージカル作家ベティ・コムデンとアドルフ・グリーンの劇作法を、映画・ラジオ・テレビとの関係から分析し、近年では、演劇や映画の批評、オペラ演出家へのインタビューへも活動を広げている。

2022/11/01 13:25