『Ella Enchanted』の翻訳家・三辺律子さんに話をうかがいました。
作品の魅力、翻訳の裏話、ファンタジー作品・YA作品の可能性について、2回に分けてお届けします。(聞き手:伊皿子りり子)
伊皿子: 他の作品ではなく『Ella Enchanted』をサウザンブックスで復刊しようと思われたのはなぜですか?
三辺: 私はもともとファンタジーが好きですが、サウザンブックスではファンタジーファンでなくても読める作品を、と考えていました。『Ella Enchanted』は、あまりファンタジーになじみがない人でも抵抗なく読みやすいのですが、ファンタジー作品としても細部まで行き届いた、よくできた作品なんです。この作品はかつて、『さよなら、「いい子」の魔法』(ゲイル・カーソン・レヴィン著、サンマーク出版)として出版されましたが、その後、アメリカでは映画にもなった人気作品です。実際、国内でも根強いファンがいる魅力のある作品で、復刊を期待してくださる声をよくいただいてきました。私自身もいい作品だと思っていますし、『さよなら、「いい子」の魔法』として訳したときよりもさらにバージョンアップした新訳で皆さんにお届けできれば嬉しいです。
伊皿子: 確かに、『Ella Enchanted』には、“妖精”や“オルグ”、“魔法”など、ファンタジーらしい設定が盛り込まれていますが、そうした世界が違和感なく入ってきますね。作家によって創造された世界の設定をまず理解しなければならないということが、ファンタジーを読まない人にとってはハードルの高い部分だと思うのですが、それがない。本書を拝読していて、三辺さんは翻訳されるときに、空想の世界観をリアリスティックに伝える工夫をされているのかなと思ったのですが、いかがでしょうか。
三辺: それはもちろん原作者の手柄です。非現実の世界の描写はともすれば説明的になりがちですが、レヴィン(作者)の文章にはそれがない。たとえば、作品には農業を営む巨人たちが住んでいる集落が出てくるのですが、いちいちそうした説明をする代わりに、巨人の結婚式で新郎新婦が農作業を表現するパフォーマンスを披露するシーンを描いています。読者は、その儀式の様子から、巨人たちが農業を生業にする部族なのだと察することができます。とてもさりげなく世界観を表現していますよね。
工夫というほどではないですが、訳すときに私は自分のイメージを描きながら進めます。舞踏会にエラが着ていくドレスのディテールや、食べ物の描写などは、食べ物は特に自分が食べるのが好きということもあるけど、視覚的にきちんとイメージしながら訳していきます。建物のなかの構造などもそうです。お城のなかに階段があって、階段がどうなっていて、というのは設計を思い浮かべないとうまくいかなかったりします。あと、エラには出てこないけれど、戦うシーンなどで、殴って跳ね返してそのすきに蹴りを入れて、といった描写はちゃんと映像的に思い浮かべて納得しながらでないとうまく訳せない。私自身が読者の立場のときは、激しく戦ってるなあ、くらいの感覚で読み飛ばしちゃうようなシーンなのだろうけど、ふだんは大雑把な性格ですが訳すときは緻密にしようと心がけていますね(笑)。
伊皿子: 私は作品を読むときに、作品ごとに主人公との自分なりの付き合いかたがあって、エラについては自分の女友だちに対するような気持ちで応援しながら読みました。三辺さんは、翻訳されるときに登場人物たちとどういうスタンスで向き合われるんですか?
三辺: 作品によりますね。たとえば『ジャングル・ブック』(ラドヤード・キプリング著、岩波少年文庫)を訳したときは、子どもの頃から私はバギーラという黒ヒョウがとても好きだったから、バギーラかっこいい! と思いながら訳しました。「すたっと降り立った」の「すたっ」とか訳すだけで、キュンときちゃって(笑)。ゲラに思わず「バギーラかっこいい!」と書き込んじゃうくらい。でも編集者がその書き込みをちゃんと消してから赤字を反映してくれる人にゲラを戻しているのを見て、あ、こういうのはやっぱり迷惑かけちゃうから気をつけなくちゃ、と思いましたけど。
伊皿子: 再校ゲラに「バギーラかっこいい!」の一文が加わってきちゃいますからね(笑)。
三辺: 私、男の子が主人公の作品を訳すことが多くて、直球の恋愛ものも滅多に訳してないんです。『エレナーとパーク』(レインボー・ローウェル著、辰巳出版)くらい。あとは恋愛ものでも主人公が幽体離脱していたり、実は250年以上生きるからだだったり、舞台が「恋愛」を禁止している未来ディストピア社会だったり。
だから、エラは女の子が主人公だし、私にとってはかなりラブストーリーの側面が強い作品でもありました。エラが意地悪されるシーンなどは「まじ、ムカつく!」なんて思ったりしながら訳しましたね。シャー(王子)ともっと一緒にいたい気持ちとか、一緒にいて楽しい気持ちとか、表情を盗み見たりするところなんかは、やはり訳していて楽しかったです。ふたりが階段を一緒に滑り降りるシーンはとても好きなシーンです。
あとは特に前半の、いろんな言葉を話す種族が出てきて、エラが旅する場面は個人的にも好きな世界観だし、訳しがいがありました。エラは『指輪物語』ほどではないけれど、さまざまな言語を軸にちゃんと作りこまれた世界があって、そこがファンタジー作品としてすごいところです。軽く読めるんだけど、重厚な物語だと思います。
伊皿子: そうですね。加えて、後半はお城での仮面舞踏会など、ロマンティックなシーンがてんこ盛りで、ラブストーリーとしてもすごく楽しい。『キャンディ・キャンディ』を読んだときみたいなドキドキ感がありました。
三辺: 『キャンディ・キャンディ』は確かにそうかも(笑)! あの時代の少女マンガみたいな雰囲気も味わえますよね。
(次回につづく)