西荻窪にあるカウンターカルチャーの拠点、ほびっと村。その3Fの書店、ナワ・プラサード店主の高橋ゆりこさんが、2026年4月で店主を引退することになりました。
1977年に初代店主、槙田但人(きこりさん)が書店「プラサード」を開き、1994年に高橋ゆりこさんが引き継いで「ナワ・プラサード」としてから32年間、書店店主とほびっと村学校の運営をしながら、時代の変遷を少し引いた位置から見守ってきたゆりこさん。
「ほびっと村学校かわら版」の編集後記には、ゆりこさんの目に映った時代の断片が綴られています。
書店店主の引退記念として、32年間の活動を振り返り1冊の書籍にまとめました。
書き溜めた編集後記に、新たに書き加えた文章を加え、時代の息遣いが聞こえてくるような本に仕上がっています。
巻末には、5月から書店を引き継ぐ作家の青海エイミーと、社会変革ファシリテーターの田原真人が「ご挨拶を兼ねて」ということで文章を寄せています。
時代の移り変わりと、店主交代を記念して出版する書籍の発行支援を、ぜひ、よろしくお願いいたします。
出版企画発起人 田原真人
東京・西荻窪生まれ。1994年よりナワ・プラサード (書店)+ほびっと村学校を主宰。翻訳書数冊あり。好きなものは、空・雲・葉脈・花・炭火・人智を超えたもの・料理。書店32年で、もっとも謎だった人間の、おかしさ・切なさ・よさがわかってきました、よかったです!!
ゆ️
高橋ゆりこ・著
目次
はじめに
1章 ナワ・プラサードのはじまり
2章 意識の冒険とトランスパーソナル学会
3章 ヒッピー文化と男性優位性
4章 自然と遊ぶ
5章 女性の身体と精神性
6章 TNHの仏教/チベット仏教/日本の仏教
7章 閑話休題 書店のひとときより
8章 世界の恋人、お母さん
9章 自由な気分と年をとること
10章 東日本大震災とコロナ
11章 AIの登場と終焉
ご挨拶を兼ねて
50年のカウンターカルチャーの歴史が詰まったビル、ほびっと村。一階は有機農法の八百屋・長本兄弟商会。二階は、レストラン・バルタザール。その三階に位置する、ナワ・プラサード(書店)とほびっと村学校。最初の18年は槙田きこり但人さんをはじめ、当時非暴力を志向していた若い人たちが中心となって、編集や講座をしたり、そしてプラサード書店とほびっと村学校ができた。私は、その二代目で、書店はナワ・プラサードと名前を変え、1994年に継いで32年になる。もういろんなことがあって、すごく面白かったが、AI時代になり本は全く売れないので、寂しく閉じるしかないかなぁと思っていたところ、思いがけず、AIを逆に使って、人類の宝であるが難しくてほぼ読めない本を読み倒すという試みをしている人に出会った。しかもAIボーイなのに、参加型社会志向で、偏見の少ない、心広い人だった。10年間、マレーシアのペナンにいたので、日本のカウンターカルチャーがかえって新鮮だったのかもしれない。
その人のすすめで、この本も出ることになった。幸い、ほびっと村学校の新聞、かわらばんの編集後記に、短いエッセイを書いていたので、それを振り返りながら考えることにした。2007年に野草社から本を出していたので、そこに載った分をのぞきましたが、今回は年をとってからまとめたので個人的な話が多くなり、みなさまの期待に沿えるかどうかは分からない。いったい、どんな本を置いていたのか、いったいどんな講座をしていたのか、については、あまり書かれていない、プライベートな本になってしまいました、、、。
日付の入ってない部分は、今回書き足したところです。
(推薦いただける方は、1000文字以内の推薦文を、田原真人まで、お送りください。)
東日本大震災をきっかけにマレーシアのペナン島に移住し、10年後、コロナパンデミックをきっかけに帰国しました。
久しぶりの日本は、失われた30年に突入していて、様々なものが崩壊して終焉していくように見えました。人口減少で地域の過疎化が進み、インフラは老朽化し、予算がないから対策できないという状況。しかし、その一方で、崩壊の現場から芽吹く新しい動きとも出会いました。崩壊の原因を見つめて、根本からコミュニティを再生していこうという人たちです。
日本各地を回って、「なんとかしたい」と行動している人たちと対話するうちに、戦後の崩壊の中で「なんとかしたい」と行動していた人たち、米ソ冷戦へと突入する中で「なんとかしたい」と行動していた人たちなどの存在が、不思議と近く感じられるようになってきました。
崩壊に直面しながら、次の社会を予感して提案していく必要があると思い、「次の社会の教科書をみんなで出していこう」と呼びかけました。
自分は『出現する参加型社会』という本を書き、藤井芳広著『森の再生は僕らの再生』、小林範之著『存在の声に耳を澄ます』などの出版を企画しました。また、世界各地の執筆者が自分の言語で原稿を書き、そのまま載せる多言語マガジン『イコール』も発行しました。
出版不況の中、自分で書店をまわって、出版文化を「なんとかしたい」と店主と対話して回りました。その中で出会ったのがほびっと村3Fのナワ・プラサードでした。
店主の高橋ゆりこさんから、ほびっと村の歴史をうかがっているうちに、ここは、50年前に、世界をなんとかしたいという気持ちで集まった若者たちが立ち上げた場所で、『やさしいかくめい』という書籍を出版した編集部があったことも分かってきました。
自分がやっていることと、時代を超えて共鳴する感覚がありました。
この場所を32年間守ってきた高橋ゆりこさんの取り組みを祝福するような書籍を出せないかと思い、この出版企画を提案させていただきました。
歴史は、大きな声で、大きな活動をした人(主に男性)を中心に編纂されがちです。ゆりこさんの本は、それらを横目で見ながら、編集後記の枠内で、小さな声で語ってきた女性の歴史です。
私は、次の社会は、そのような小さな声が包摂されていく社会であってほしいと願っています。小さな声で語る歴史が書籍として残る意味は大きいと考えています。
加えて、踊るような文章を書くエッセイストとしてのゆりこさんにも、この本を通して出会えると思います。文字からはみ出してくるゆりこさんのいのちの躍動と、読者のみなさんのいのちの躍動とが共鳴することを楽しみにしています。
初代プラサード書店は17年続いてタッチした。辞める訳はイロイロだが、まあアキタから。受け継いでくれたゆりこのナワプラサードは、その倍近い32年も続いている。きっとアキナイ秘訣が有るのだろう。モロアキドミチの人なんだろう。
(唄者・バリ舞踊家: 沖縄民謡とオリジナルの歌で構成するライブが愛されている音楽ユニット寿[kotobuki]のボーカル。現在はバリ島に在住し、芸能修行に勤しんでいます)
高橋ゆりこさんが西荻窪の地で32年間「ナワ・プラサード書店」を営んできたその軌跡(奇跡)が一冊の本になったこと、とても嬉しいです。
おめでとうございます。
「ナワ・プラサード書店」は誰にとっても自分自身を深く知るきっかけを与える良書を集めた、世界でも稀有な書店だと言っても過言ではありません。
幼少期から生きづらさを抱えていた私は「生き方を変えたい」と知識と実践方法を取り入れるべく、「ナワ・プラサード書店」で本を探し、「ほびっと村学校」のイベントに参加しました。
そのおかげでたくさんの新しい視点を授かり、生き方が変わるきっかけをくれたありがたい存在です。
「ナワ・プラサード書店」は店主ゆりこさんの感性と経験から選んだ良書、雑貨が並んでいて、その空間がゆりこさんそのものです。
その空間で本を買う、買わないに関わらず、置いてある椅子に座ってお茶を飲みながらページをめくり、想いを巡らし、時に店主と他のお客さまと話し込んだり、、、何時間そこにいてもな〜んにも言われない稀有なお店。
買うことを強要もされず、まるで店主の自宅でお茶をしているような錯覚に陥る、そんな心地よさは「何をしてもいいのよ」とか言ってのけるゆりこさんの『本と人類への愛』の現れのように思います。
著作『ナワ・プラサードでおるすばん』には、その愛がゆりこさんの言葉として詰まっていると思いますし、その言葉が愛について悩みの中にいる人に届くといいなと思います。
いろーんな人の鮮やかで豊かな人生のヒントのために、どうかこの本の出版にお力を貸して頂けますよう、宜しくお願い致します。
高橋ゆりこは書く人である。内面に沈潜し、ふつふつとわきあがる言葉と遊んでいる。それがぽっとはすの花のようにはじけて空中に投げ出されるとき、思いがけない角度から光があたって、朝露の中でのそのきらめきといったら! この人はどれくらい泥の中にいたのだろうか。
大学講師、専門はリプロダクション、ジェンダー、
1970年代後半の西荻には、独特の空気が漂っていた。
いまではどこか懐かしさを帯びた、ほびっと村の小さなビルも、
「プラサード書店」に並ぶ本の数々は、
そこで手に取った雑誌『精神世界』を通して、
ほびっと村学校では、三森孔子さんの「産婆の学校」
そうした縁から、
ゆりこさんは、とても自由で開いた人だ。
彼女を知る人にとって、
ナワプラサード書店は、本を売る場所であると同時に、
ゆりこさんの言葉が、本として結実しようとしている。
※絵本『産む時代』 絵・文:ねっこかなこ じんがり出版
『ナワ・プラサードでおるすばん』の
ゆりこさんとの出逢いは
私の人生にそっと贈られたギフトです
岡山のとろんさんの計らいで
絵本『産む時代』※の原画展を
ナワ・プラサードでさせて頂いたあの日から
東京に行く時はいつも
ゆりこさんちに居候しています
母と子ほど歳の違うゆりこさんとわたし
女性として母としてひとりの作家として
どこか似通った大きな流れの中に抱かれているているようなところがどうもあって
母に言えないこともゆりこさんにはみんな話せてしまう
そのことに幾度となくこれまで救われてきました
「ただいまー」と
ナワ・プラサードのドアを開けると
「おかえり」とゆりこさんが言って座ってて
そこにはいつだって
豊かな世界への扉が開かれていて
玉手箱のような本棚からは魂にギフトが贈られた
人生の教科書である全生社の数々の本
画家小田まゆみさんの本
意識の探究者たちが試みた
人間が自我を超えて成長する可能性が書かれた本
日本のヒッピーの人たちの足跡や
カウンターカルチャーの痕跡も垣間見させてくれた
社会的・精神的危機の時代を打開する鍵は
意識を開いて求めれば
いつもここから開かれている
それらを受けとり今、
わたしらになにができるのか?
ゆりこさんが選書してきた本たちは
わたしの魂の糧です
そんなゆりこさんと書店のの32年間を書いた本を
わたしも早く読んでみたいです
おるすばんがすんだら
どこかへお出かけしましょうね
ナワプラサードでお留守番
いつでもそこに行けば待っていてくれる人がいる。
1970年代の学生のころから、西荻のほびっと村はそんなところだった。書店の店主がやさしくて少し怖い(とぼくが感じるだけだけど)ゆりこさんになってから、ティク・ナット・ハンの来日ツアーのご縁もあって、三階のナワプラサードとその奥のほびっと村学校は、東京のぼくの「縁側」になった。
縁側は内と外のはざまにあって、誰もがやってきて腰を下ろし、おしゃべりできる場所。何一つ強制されないけれど、何かしたくなってくる場所なんだ。そのわけは、人でもあり、場所でもある。ゆりこさんは、ちょっと不機嫌に見えるところがいい。どうしてかわからないけど、愛想がいいばかりの店に飽き飽きしているからかもしれない。
でもすごく奥深いんだ、いったん入るとね。最近新しい世代がやって来るようになって、ますます場の厚みを感じるようになった。ぼくは書店に著書や訳書をたくさん置かせてもらい、奥の学校で数多くの講座や瞑想会を開かせてもらった。縁はとても濃い。
この春からナワ(newという意味)は新しい出発を迎える。そしたら名前が「ナワナワプラサード」になるのかな? そんな機会に、これまでを振り返って綴るストーリーが読めるのが楽しみだ。ナワプラサードとゆりこさん、それはまたとない組み合わせ、日本のオルタナティブ文化を確かに支えてきた存在なんだから。
(気功家:ほびっと村学校で「ほのぼの気功」クラスを開催。上智大学大学院実践宗教学研究科において最年長の大学院生)
高橋ゆりこさんと初めて会ったのは舞踏家の笠井叡氏が舞踏教場「天使館」を閉じて、ドイツにオイリュトミー留学をする直前、「天使館」での笠井叡氏による舞踏集中講座で一週間、笠井叡氏の言霊によって踊り狂った一週間のこと。それから10年ほどたって、ゆりこさんがすでに伝説のスポットであったプラサード書店とほびっと村学校の店主になるという。ゆりこさんから「気功クラスやらない?」と誘われて、ドキドキしながら始めた気功クラスがすでに32年、現在ものんびり続けている。2020年からはゆりこさんのお手伝いをしようと、共同代表になったりした。
ゆりこさんは本を愛している、そして人を愛している。自由で寛容な人だ。それに、繊細で正直、ちょっぴり臆病でもある。それはきっと、自分にたいしてすごく素直なんだと思う。
そんなゆりこさんがナワ・プラサードのことを「正気の本屋」と称したことがある。ヒッピーゼネレーションの感性から言うと、「狂気の悟り」とかそんな言葉のほうがそれらしいと思われるかもしれない。でもその時「正気」ということばを選んだゆりこさんの感性を、いいなあ、と思った。お金とか、権力とか、名誉とか、そんな人間を狂気に導く過剰な欲望に操られないのが「正気」だよ、ということかなと思ったのだ。
ゆりこさんの感性がおもしろいな、いいな、と思ったエピソードをもう一つ。あるとき上階から下を見たら、たくさんの人がいて、頭が見える。みんな黒髪、黒い丸が並んでる。それをみて「炭団(たどん)が並んでいるみたいで、気持ち悪い」と思ったのだという。その気持ち悪さって何かと言えば、みなが同じで均一であることなんだ。みんなそれぞれ、色とりどりだとホッとするのかな。それは全体主義的なことに対する本能的な忌避感なのだろう。
そんなゆりこさんが生み出したナワ・プラサードは、色とりどりな人や本が集う柔らかい空間。ゆりこさんが優しく美しい無形なものを守っておるすばんをしながら紡ぎだした文章が本になる。それは、日本のオルタナティブカルチャーの定点観測の記録でもある。
(いのちの祭り公式ドキュメンタリー映画『inochi』制作チーム「SATRAZ film」プロデューサー)
ご著書が世に送り出されるその日へ向けて、大きな一歩が踏み出されましたこと、心よりお祝い申し上げます。
私は西荻窪からほど近い場所で育ち、若い頃からこの街に親しんできました。けれど、ほびっと村やナワ・プラサード書店の存在を知ったのはずっと後のことです。年月を重ねるうちに、気づけば自分もまたカウンターカルチャーの流れの只中に身を置いていました。
2024年開催の「いのちの祭り」をきっかけに映画制作の機会をいただき、その制作を通してゆりこさんと出会いました。本作『inochi』は23人の語りによってかたちづくられたドキュメンタリーで、ゆりこさんにもご出演いただいています。
やさしく穏やかな語りの奥から、ときおり胸の深くから放たれるまっすぐな言葉がありました。その一言一言に、静かなパンク魂と揺るぎない芯の強さを感じました。 静かに、しかし確かに信念を貫いてこられた方なのだと。
ある時、ふと反対方向の電車に乗りたくなったことがきっかけでプラサード書店へたどり着き、やがて引き継ぐことになったという逸話も大好きです。
32年の歩みが結実する『ナワ・プラサードでおるすばん』は、書店の記録であると同時に、一つの生き方の記録でもあるでしょう。この本がこれからを生きる私たちの静かな灯りとなることを願っています。
長きにわたる歩みに、深い敬意と感謝を込めて。