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『森の再生は僕らの再生』発行支援プロジェクト

ふじいもんが東京の西荻窪にやってきます。

発起人の田原です。クラファンにご支援いただいた皆様、おかげさまでふじいもんの活動が加速しています。書籍の中で触れている「森主主義」「森本主義」について、田原なりに考えていることを書いてみます。

■自他非分離思想の現代的な展開

ふじいもんの思想の中心概念の一つは「森主主義」「森本主義」である。これは、民主主義と資本主義の拡張である。

この土台には、私は森であり、森は私であるという自己概念の拡張がある。

近代合理主義は、人間と自然とを分離し、資本主義は、自然を無尽蔵の資源の宝庫であり、無尽蔵のゴミ捨て場として設定した。そのように「外部」を生み出しながら「内部」を発展させる原理は、植民地主義へと繋がっていくものだ。

東アジアの平和を願って韓国を100日間歩いたふじいもんは、その後、森の再生活動に向かった。そこで得た実感が、「森の再生は僕らの再生」である。

ふじいもんは、あちらとこちらを分離しない。人間だけでなく、森とのあいだでも同様である。彼の思想は、頭で学んだものではなく、人と交わりながら歩き続けたり、森の再生活動を通して自然と実感したものだ。

自他非分離の思想は、西田幾多郎や東学にも見られる。西田の場所的自己は、場所=日本と設定することでナショナリズムに利用されるリスクを孕み、実際に京都学派によって展開された。自他非分離は、場所の設定を慎重にする必要がある。

東学の敬天敬人敬物は、あらゆるものは天であるという考えであり、範囲を限定せず、分断を産まずに包摂する可能性を持つ。

ふじいもんは、東学を自分なりに咀嚼して、身体を動かしながら森の思想を生み出した。

そのふじいもんが、森の思想を社会に展開していくための宣言が「亞流宣言」である。

あらゆるいのちは亞流であり、それらが相互に関係し合いながら、森のような社会になっていく願いである。

詩人でもあるふじいもんの言葉は、水源から湧いてくる水のようである。毎日、新たな言葉が生まれてきている。

1月31日、西荻窪のほびっと村で、ふじいもんが語る。今、まさに森の思想を生み出しているふじいもんに触れに来てください。配信&アーカイブもあります。

イベント詳細はこちら
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2026/01/21 09:33