80年代のオーディオ・ブームのきっかけはCDの登場でしょう。
当時世界のオーディオ業界を牽引していた日本で作られた世界標準規格でした。
このCD誕生をきっかけに、多くのメーカーが本格的にオーディオ市場に参入しましたが、
どちらかというとコンピューターやインフラのイメージが強いNECもそのひとつでした。
デジタルに強かったNECは1982年、つまりCDが登場した年に初めてのCDプレーヤー、CD-803を発売します。
CD-803は、CDは規格を作ったソニーやマランツ(フィリップス)を超えるヒットとなり、NECの名前をオーディオ・マニアに浸透させました。
そして1983年にNECの本格オーディオ第二弾として発売されたのが、伝説のプリメインアンプ、A-10でした。
A-10はアナログ・アンプでしたが、すでに世界に知られたアンプメーカーだったサンスイや、
アメリカにルーツを持つマランツなどで活躍していたベテラン技術者をヘッドハンティングしたドリームチームによって開発された、
メーカーとして1号機とは思えない完成度と、価格を超えた内容で話題となりました。
しかし、あまりの加熱ぶりにわずか200台程度が作られたのみで一旦製造終了。
量産体制を整え、製造過程や構造を見直しA-10Ⅱとして1984年に、あらためて仕切り直されました。
A-10を手に入れられなかったマニアが殺到。
このクラスとしては異例となるおよそ1万台も売れた大ヒットモデルとなりました。
このA-10シリーズの音を支えたのが、リザーブ電源という特殊な電源部でした。
少しでもオーディオに詳しい方なら、アンプにおける電源の大切さは良くご存知でしょう。
電源は家に例えると土台。もちろんアンプ回路も重要ですが、その実力が発揮できるのも、しっかりした電源があってこそなのです。
そんな魅力溢れるA-10ですが、すでに40年も前のアンプです。運良く入手できたとしても、とても高価なうえメンテナンスも必要です。
よほどのマニアでないと現実的ではないかもしれません。
そんなA-10の電源部、リザーブ電源を開発したエンジニアが萩原由久氏。
もともとマランツで高級アンプを開発していましたが、
NECが本格オーディオに参入する際にヘッドハンティングしたメンバーのおひとりです。
萩原さんはその後いくつかの会社を経て港北ネットワークサービス(その後オーディオ部門を株式会社Conclusionが継承)でオーディオ部門の部長を務めました。
その時にオーディオ用の電源ユニットとして開発されたのがリザーブ電源ユニット・PS-12VRでした。
A-10の電源部を独立させてDC(直流)12Vを供給する、とてつもなく上質なACアダプターです。
もともとはデジタル衛星ラジオ「ミュージックバード」の専用チューナーのために開発されたものでしたが、
ACアダプターを使うアンプなどオーディオ機器全般に効果絶大。
このPS-12VRをミュージックバード・チューナーだけに使うのはもったいない、ということで、
雑誌「ステレオ時代」と共同で企画されたのがA-10SGというアンプでした。
A-10SGはNECのA-10の設計思想を盛り込んだアンプ基板を萩原氏に設計していただき、
その基板を「ステレオ時代」の付録としたものでした。
その後A-10SGは港北ネットワークサービスが完成品をクラウドファンディングのプロジェクトととして実施。
多くの支援を集めたのでした。
A-10SGはアナログICを使ったアンプでした。
このICは萩原氏が世にあまたあるアンプICのなかから厳選したもので、
音はもちろん素晴らしいのですが、複数個組み合わせて使うBTL駆動を前提に設計されていて、
この思想そのものがA-10にとても近いものでした。
また雑誌付録として企画したアンプ基板とは思えないほど凝った設計がされていて、
「ステレオ時代」からの「A-10のエッセンスが詰まった回路」というリクエストに萩原氏は見事に応えたのでした。
しかし雑誌付録ならではのデメリットもありました。
それはサイズと使用パーツの制約です。
付録として雑誌に付けるには、雑誌そのものの大きさを超えることはできません。
封入する袋を考えると一回り以上小さな基板に収めなくてはいけないのです。
また付録として付くのは基板のみ。パーツは読者が自分で買い集めなくてはいけません。
そのため使う部品は、一般的に流通し入手しやすいパーツか、代替品に置き換えられるものに限られました。
もちろんベテラン技術者の萩原氏は、こうした問題も難なくクリアしたのですが、
決して「ベスト」のパフォーマンスではありませんでした。
いつかは純粋に完成品のA-10を作ってみたい……。
この思いは関係者全員の心の中に温められてきました。
その思いが結実したのが2020年にクラウドファンディングでスタートしたA-10SG TUBEでした。
このA-10SG TUBEの最大の特徴は真空管を使ったハイブリッド・アンプだったのです。
真空管そのものや真空管をアンプに使う効果などについては
A-10SG TUBEのプロジェクトページに詳しく解説されているので省きますが、
ひとことで言ってしまうと音にリアリティ・鮮度が格段に向上します。
もともと半導体を使ったアンプが存在しなかった1960年代以前は、アンプというと真空管を使うものでした。
それがトランジスタの発達とともにパワーと生産性に優れた半導体アンプが主流になっていったのです。
しかし現在でも真空管アンプを愛するマニアが多く存在するように、
真空管アンプは大きなメリットがあります。それは音です。
よく「真空管は暖かい音がする」などと言われますが、それは正確ではありません。
じつは真空管は狙った音が作りやすいのです。
暖かい音がする真空管アンプは、暖かい音を出そうとして作られた、ということなのです。
逆に言うと「スピード感のある音」「鮮烈な音」も真空管アンプで作ることができます。
なぜ真空管は狙った音が出しやすいのか。
シンプルに言うと、真空管の特性が直線的でない、
つまり特性のどの部分を使うかで狙った音が出せる、ということになります。
もうひとつのメリットとしては、部品点数が減らせる、ということです。
アンプの中で音楽信号はさまざまな部品の中を通ります。
しかし部品を通過する度に信号はロスが出たり、変質したりします。
音楽を鮮度を保ったままスピーカーに届けるには部品点数を減らすのが一番効果的なのです。
だから真空管アンプの音は鮮度が高い、と言えます。
もちろんデメリットもあります。
消費電力が大きい、真空管そのものに寿命があって値段も高い、そしてパワーが出しにくい。
もちろん真空管には色々な種類がありますから、安い真空管もパワーが出せる真空管もあります。
しかし、パワーがあって音も良くて安い真空管はありません。
しかも真空管でパワーを出そうとすると、周辺のパーツ(トランスなど)も大きく高価なものが必要になります。
だから一般的に真空管アンプは高価なのです。
そうしたデメリットを解消しようと考えられたのがハイブリッドアンプです。
プリメインアンプはその名のとおり、プリアンプとメインアンプ(パワーアンプ)を一体化した構造を持っています。
このプリ段に真空管を使用、パワー段に半導体を使用する、というアンプです。
先に紹介したA-10SGも小さいながら、そうした回路を持っています。
A-10SGではメインアンプに萩原氏が厳選したICを使用しました。
その前段にあたるプリ段(信号に整える部分)にはバーブラウン製のオペアンプというICを使っていました。
このオペアンプは、微小な信号を扱う部分なので、小さいながら音質を大きく左右するパーツなのです。
ただしオペアンプも内部はじつは色々な部品が組み合わされた基板と同じものです。
一見ひとつのパーツですが、内部にはたくさんの電子部品が詰まっていると考えられます。
ハイブリッドアンプでは一般的に、この小さな信号のみを真空管で扱い、
大パワーに増幅する部分は半導体に任せることで大げさな回路を用いなくても真空管が使えるというメリットがあります。
つまり半導体アンプと真空管アンプの良いとこ取り、といえるでしょう。
結果的に価格も半導体アンプよりはコストが嵩むが真空管だけのアンプより安く済む、ということになります。
A-10SG TUBEもまさにそんなアンプでした。
電源はリザーブ電源ユニット、PS-14VRを左右チャンネルで独立して用いることを想定。
さらに真空管の昇圧用として12VのACアダプターを必要とする3電源方式となっています。
もちろん昇圧用として12V版のリザーブ電源ユニットPS-12VRを用いることも可能です。
こうすることで3基のリザーブ電源で駆動する最強バージョンを組み上げることもできるのです。
実際A-10SG TUBEとPS-14VR(14Vに出力アップしたリザーブ電源ユニット)の組み合わせは、本当に素晴らしいものでした。
A-10SGを企画した「ステレオ時代」でも、
またプロジェクトのスタート時に試聴いただいたオーディオ評論家の方々にも高評価をいただき、
ユーザーの方にも満足いただけたと確信しています。
しかしご存知のとおり、昨今の円安とウクライナ危機、またそれ以前のコロナ禍の影響もあり、
半導体だけでなく様々な(というより全ての)パーツの値段が、ここ数年でハネ上がっています。
なかでも東欧やロシアからの輸入が多い真空管の価格上昇はいまでも止まっていません。
A-10SG TUBEとPS-14VRも、港北ネットワークサービスからオーディオ部門を継承した株式会社Conclusionで製造されていますが、
価格改定を余儀なくされ、数万円単位での値上げを予定しています(現在出荷を停止し、コストを算出中)。
そこで企画されたのが、A-10SG TUBEとPS-14VRのコストダウン版、「A-10SG TUBE TYPEⅡ」と「P-10」の開発でした。
もちろん性能は維持、が絶対条件であることは言うまでもありません。
こうした少量生産のオーディオ機器で意外とコストが嵩むのがケースです。
とくにA-10SG TUBEでは真空管が見えるように、フロントパネルに窓開け加工が施されているため、
パネルの価格は比重が高いものでした。そこでパネルをシンプルな1枚のアルミ板としました。
また製造工程の手組み部分を減らしたり、
これまでは窓から真空管が見えるように真空管を照らすLEDも組み込まれていましたが、
窓がなくなることでこのLEDも不要となりコストダウンを図れました。
もともとPS-14VRはA-10SGとA-10SG TUBE用に作られていて、2台セットで販売されています。
そこで1台で2系統の出力が出せるよう、設計し直しました。
まずトランスは2重巻線にすることで、2基のトランスを1つにまとめました。
こうすればヒートシンクもひとつで済みます。
ただし、トランス容量についてはよりパワーアップを図りました。
もともとの構造はPS-14VRを2基まとめたものなのですが、PS-14VRでは80VAのトランスを使用しているところ、
P-10では220VAのトランスを採用しています。
つまりPS-14VR(×2)比で、トランス容量はなんと37.5%もアップしているのです!
またこちらも少量生産のためコストに占めるケースの比重が高かったのですが、
1台にまとめることで大幅にコストダウンが可能になりました。
もちろんリザーブ電源の効果はまったく変わりません。
むしろトランス容量がアップしている分、より余裕のあるドライブが可能になっています。
アンプと電源、両方のコストダウンを図ったことで、価格上昇は最小限に抑えることに成功したのです。
また電源スイッチがフロントパネルに付いたことで、操作性は大幅にアップしました。
出力(EIAJ) | 15W+15W at4Ω (DC12V3A ACアダプターor PS-12VR 電源接続時) 21W+21W at4Ω (DC14V3A ACアダプターor PS-14VR 電源接続時) |
入力感度 | 230mV (15W at4Ω) 270mV (21W at4Ω) |
信号入力端子 | RCA A&B 2系統 (ブラス削り出し金メッキ) |
スピーカー出力端子 | スクリュー式 1系統 (非磁性構成金メッキ・バナナ対応) |
L&Rch用 DC入力端子 |
2.1mm標準DCジャック 10A対応ジャック ※1 |
Tube用 DC入力端子 | 2.1mm標準DCジャック 10A対応ジャック ※2 |
寸法 | (幅)250mm ×(高さ)96mm(脚含む)×(奥行)263mm(突起部含まず) |
質量 | 6kg |
添付品 | DC12V 3A アダプタ × 1個 |
※1:
L&RチャンネルにはDC12V 3A ACアダプターまたは別売
PS-12VR(DC12V3Aリザーブ電源)を接続してください。
DC14V3AのACアダプターまたは別売PS-14VR(DC14V3Aリザーブ電源)
を接続しますと21W/ch at4Ωにパワーアップが可能です。
※2:
Tube用 DC入力端子は添付の12V3A ACアダプターを接続してください。
PS-12VRも接続可能です。
Tube用DC入力端子にDC14V は入力しないでください。(12V専用です)
出力電圧/電流 |
14V/3A×2 |
入力 |
AC100V 50/60Hz (インレットコネクタ) |
本体寸法 |
(幅)250mm × (高さ)96mm × (奥行)263mm |
出力端子形状 |
Φ2.1 × 5.5mm (L寸9.5mm) オスプラグ (ケーブル長は50cm) |
質量 |
7.0kg |
大手メーカーの開発サポートや研究を主な業務としてスタートした港北ネットワークサービスのオーディオ部門〈Conclusion〉が独立したのが株式会社Conclusionです。港北ネットワークサービスで製造販売したA-10SGや、その真空管ハイブリッドアンプ、A-10SG TUBE、ConclusionブランドのFMチューナーやミュージックバードのチューナーなどのアフターサービスも株式会社Conclusionで継続しています。