制作費までには届きませんが、きっと叶うと信じています。
なんとか80万円(クラウドファンディング手数料含む)までくれば見切り発車するつもりです。
印刷費だけは確保して、その他の経費は、本が完成して販売して利益が生まれたら少しづつ払う。智慧を絞ってなんとか捻出する。初代選曲家のできることをやり抜く覚悟です。
大袈裟だね(笑)でもね、この時代に起こったことを、選曲家の方法で未来へ残すことを諦めない。ということです。で、こうして、始めたら、ありがたいことに、昔のスタッフから応援の声がかかり、ボランティアでいいから手伝うと。嬉しいよね。
free paper dictionaryは1988年に始まったクラブカルチャーの今を伝えるためのフリーペーパーでした。CLUB好き?新し物好き、時代の突端を見たいという欲望?
元気のいい、野心を抱えた、センスのいい、そのつもりの(笑)、若者がたくさん集まってきました。そのなんだかわからないエネルギーに私はやられたのです。
で、集まってきたみんなの思いや夢を叶えたい。と思ったのがお調子者だったんだね。
得意になって我々からうまれるムーヴメントを支持する若者馬鹿者を幸せにしたい。
いいきなものです。でも本気でね、こんなやりかたでも生きていける。そんな自信をみんなでつくりたかった。私だけ?そう思ったのは?
そうして、道を踏み外して(笑)真っ当な?道を迂回して、まだ目の前にない道を進んでいった。人々への、責任から?彼らを支援し鼓舞することをやめなかった。なぜなら、人間は幸福になるために生まれてきた。そのことだけを信じていたかったから。やめれなかった。なんどもやめようと思った、でもやめれなかった。気が付いたら28年目に突入している。で、まさかの日本、ここまで危ない道を選ぶのか?声をあげよう。どんな方法でもいいから声をあげよう。選曲家を公言してしまった初代の自負と責任で、
追い込まれた末の一歩前に、が「そこはかとない反戦選曲」だったのです。
この時代の空気を選曲し、「peace songs book」 として未来へ残す計画がこれです。
頑張れば他の国へも伝えられるかもしれない。音楽に国境はない。
言語を超える音楽の特性を生かして。ここからです。粘ります。諦めません。
なけなしの金を使って支援してくれているみなさんの気持ちを必ずや形にしたい。
第1期目標を超えました。ここまで、支援してくれたみなさんへ、あらためて感謝の思いを伝えたいと思います。
私のワガママにつきあってくれて心より感謝しています。ありがとう。