【刊行から33年】『聖刻1092 神樹 参』続刊制作プロジェクト!

著者メッセージ「三〇年前を振り返って」

「三〇年前を振り返って」
 

 沢山のご支援、応援メッセージありがとうございます。

 突然の出版打ち切り宣告に遭って打ちひしがれていたわたくしにとって皆さまのお言葉は慈雨となって心に染み渡り、やる気を与えてくれました。

 ご存知の通り拙著「1092」は千葉 暁のデビュー作であります。元となった絵物語「1092」(花園由宇保/著、幡池裕行/画)にはほとんど関与せず、書き下ろし小説として改めて出版企画が立ち上がった際も横目で見ているだけでした。当時のわたくしは編集プロダクション伸童舎所属のディレクターであり、プラモやアニメ雑誌やムック本の編集をしつつ創作寄りの駄文を量産していましたが、小説は一行も書いたことがありませんでした(出版社より初めて原稿料をいただいたのは「アニメック増刊 機動戦士ガンダム大辞典」の辞典部分だったのは密かな自慢でしたが、ほとんどの方はご存知ないでしょうね)。

 その生涯編集者兼駄文書きを誓っていたわたくしに「1092」著者のお鉢が回ってきたのは決して文才を期待されたからではないでしょう。当時の伸童舎はたるクリエーターが群れをなしていましたが、角を突き合わせることも多く、そのせいで企画が頓挫することも多々ありました。恐らく故野崎会長が期待したのは調整能力だったのでしょう。キャクターやメカなどOVA企画並のデザイン画を作りましたし、ほぼ並行で別班がテーブルトークRPG「ワースブレイド」を製作しており、小説との擦り合わせに苦労しました(のちの話ですが、スーパーファミコン用のプロットを書かされたことも)。

 

 すったもんだの中で書いた小説第一巻「の」の初稿は、予想通り仲間内で大いに叩かれました。「小説になってない」「ファンタジーじゃない」等々、小説作法すら知らなかったのだから当然です。とにかく大勢の意見をまとめ、指摘された部分を片っ端から修正しました。今にして思えば作家のプライドなんて生まれてなかったからこそです(ホント、皆遠慮なかったなぁ)。あと手書き原稿だと物理的に挫けていたでしょう。会長が当時ウン十万円のキャノワードをポンと買って、小説専用機にしてくれたお陰です。

 直しに直した原稿を提出して(朝日ソノラマからの修正要求がなかったのは不思議です。その代わり校正紙は真っ赤になりました)どうにか出版に漕ぎ着けます。当時のソノラマでしかもデビュー作としては驚くほど売れたそうです。当たり前です。幡池裕行先生は漫画やアニメでブレイクする直前で、魅力溢れるイラストを描いてくれました。売れたのは一〇〇パーとは言いませんが、八〇パーくらいは幡池先生の力だと今でも思っています。第二部以降多忙で降板した幡池先生の代わりに神宮寺一先生、武半慎吾先生、草薙琢仁先生など一流の絵描きが登板してくださりました。また操兵デザインを長らく担当してくださった福地 仁先生にも心からの感謝を。「1092」は皆さまのお陰で生き長らえました。

 ともあれ「売れた」作品はにかかわらず「さっさと次を出せ」と要求されます。お陰でホテルに缶詰という売れっ子作家の扱いも受けました(一度きりでした)し、第二巻から「出社に及ばず、家に籠もって書け」と勤務形態も変わりました。また「早く完結させろ」との圧力もなく、三年ほどかけて全六巻を書き上げました。一九九〇年末のことです。当初思い描いていた物語は書ききったものの、拡げすぎた大風呂敷をきれいに畳むことはできず第一部聖都編完ということに。ここで終わっても不思議ではなかったのですが、ゲームなどのメディアミックス展開が始まっており、「狩猟機1092」を掲載した月刊小説誌「獅子王」で連載をさせていただき、連載分+書き下ろしで外伝二巻が文庫化し、第一部に加わりました。もうこのくらいになると編集者としての仕事は「1092」の別冊ぐらいでそれを最後に作家専業になり、伸童舎からも退社しています。角川さんで別作品を始めたのもこの頃です。それでも小説家としての腹は据わっておらず、自身の筆力にも自信はありませんでしたし、大勢の方の意見を取り入れて構成した「1092」を自分の作品と言い切ることもできませんでした。「アルス・マグナ」や「聖刻群狼/龍伝」にスタンスが移ったのもそれが理由かも知れません。

 

 第二部以降の「1092」は他社と交互に執筆しましたが、第三部僧正編以降間が空いてしまい、第四部神樹編を再開するために第一〜三部を文庫版二巻ごとに新書サイズでまとめて再版する合本での出版し直す企画が舞い込みました。ここで途切れず刊行していれば「1092」は完結できたのでしょうけど、残念ながら息が続きませんでした。理由は第一〜三部の修正に力を入れすぎたからです。特に第一部聖都編壱は書き下ろしに等しく、続巻もサービス精神旺盛で構成を変えたり、新作短編を入れたり、外伝「北方の傀儡師」も後半は書き下ろしです。正直、第四部神樹編壱を書いていた頃はもう力尽きかけていました。しかも「1092」完全版で時間を使った分、もう一方の「群龍伝」の再開を望む圧力も高まり、しかもこちらも完結に向けて巻数を重ねる必要があり、結局「1092」に戻ってくることがないまま完全版自体が絶版になってしまいました。

 ただ一から書き直す作業は大変でしたが、作品への思い入れは強まりました。もはや「色々な人の意見をまとめただけ」と卑屈に考えることはなくなり、「意見を消化して作品の形に落とし込んだ以上紛れもなく自分の作品」と思えるようになりました。まあ一足飛びにそう結論できるほど単純ではなく、後で考えれば……という感じでしょうか。いずれにしろ別の作品を書いたからこそ至れた境地だったと思います。

 だからこそ「群龍伝」完結後、熟成期間をかけて再開した第四部が新作一冊のみで打ち切られたことに関しては断腸の思いでしたし、読者の皆さまの期待を裏切ったことは何度頭を下げても下げたりない気持ちです。改めてお詫び申し上げます。

 今回伸童舎が出版する「聖刻1092 第四部神樹編第参巻」は、朝日新聞出版より要請されて書き下ろしたものです。打ち切りに至る経緯や出版事情に関してわたくしから述べることはありません。それより、今の無料の小説がネットに転がっている時代で、お金を出しても読みたいと声を上げてくれる方がいることはどれほど嬉しいことか。また版元となる伸童舎としても自社でプロデュースした作品を最後までファンの皆さまに届けようという使命感めいた思いからで、はっきり言って儲けはないでしょう。

 

 第四部神樹編のラストは決まっています。フェンが駆るヴァシュマールが、北方に聳える巨樹ホーマの根元に封印された真のハイダルまで辿り着き、かつてフェンの父親ハオが串刺しにしたはずのダム・ダーラと決戦するというものです。そして勝敗の行方を左右するものはガルンやクリシュナが駆る《八機神》たち——というものです。第一部第六巻「光風の快男児」の原稿を渡した際、初代編集担当の石井氏に熱く語ったことを今でも覚えています。あれから三〇年、是が非でも形にしたいと思っております。

 

 

二〇二一年五月六日 山荘にて 千葉 暁

2021/05/11 18:11