工作舎編集長の米澤と申します。
工作舎は出版社ですが、知っている人はそれほど多くないかもしれません。
「これは!」と思った本、まず何よりスタッフが夢中になれる本を、編集・デザイン・営業が一体となって、一冊一冊つくりあげる、というスタイルなので、出版点数はさほど多くはありません。
その割にジャンルは、自然科学、歴史、芸術、哲学……と多岐にわたります。
今回のプロジェクトは、「日本の音楽」がテーマ。工作舎がほぼ初めて扱うジャンルでもあります。
工作舎とは古いつきあいになる、フリージャズのパーカッショニストにしてパリのピーター・ブルック劇団の音楽監督をつとめている土取利行さんから、自宅に電話があったのが5年程前のこと。
土取さんのパートナーの桃山晴衣さんの遺稿を本にまとめられないか、というお話でした。
2008年に亡くなった桃山さんとも、生前何度かお会いしたこともあり、コンサートにも行ったこともあります。
早速、吉祥寺の喫茶店で土取さんに詳しい話をお聞きすることになりました。出版企画の打合せというより、土取さんによる桃山論がたっぷり3時間。
桃山さんの波瀾万丈な人生と、音楽産業によって覆い隠されてしまったもう一つの戦後の日本音楽文化史が語られました。
↑桃山晴衣さん
桃山さんは6歳の頃より三味線の修業をスタート、天才少女と呼ばれ、十代半ばにして「桃山流」の家元になります。
支援者は、明治大正演歌の添田唖蝉坊の息子さんで作家の添田知道氏、アナーキスト詩人の秋山清氏、「思想の科学」の安田武氏、尾張徳川家第19代当主徳川義親氏ら錚々たる面々でした。
その後、邦楽の「超絶技法」でも知られる宮薗節に入門、四世宮薗千寿の内弟子となって、再修業。将来を嘱望されながらも、閉鎖的な「邦楽界」に限界を感じ、「人と人との触れ合いとともにある歌」を求めて、子守歌、童歌などをフィールドワークしつつ、中世歌謡「梁塵秘抄」の世界に出会います。
一方で、ジャンルを超えた音楽的交流も幅広く、フリーインプロヴィゼーションの巨匠、デレク・ベイリーとの即興や、インドや中東のミュージシャンとの共演を重ねていきました。
そして自ら復元・作曲した「梁塵秘抄」のパリ公演で、土取さんと出会い、生涯のパートナーとなるわけですが、土取さんは最初に桃山さんの三味線の音を聴いたとき、アジアやアフリカのサウンドにも通じる、根源的な力強さを感じたと言います。
そこには、四畳半の湿っぽい邦楽イメージとは、まったく別の世界が広がっていたのです。そんな桃山さんの音楽には、ピータ・ブルックやピナ・バウシュもぞっこんになりました……。
↑左が土取利行さん、右が桃山晴衣さん
そんなお話をうかがった後日、かなりの量のエッセイ、座談、対談原稿が土取さんから送られてきました。
どれもこれも興味深く、資料としても貴重なもの。特に桃山さんの先輩格にあたる平曲や胡弓の名人や三味線づくりの名手たちとの対談は、文化的にも一級の資料です。何とか半分ほどに厳選し、今回の本としてまとめることにしました。
ちなみに、土取さんは見た目はちょっと近よりがたいけれど、気さくで飾らぬ方。一方、桃山さんは笑顔が魅力的でしたが、自らの生活の隅々まで厳しく律しておられ、立ち居振る舞いにも厳しい方でした。どちらかというと生活面ではぞんざいな土取さんと日常に厳しい桃山さんのお二人が、パートナーとしてどんな毎日を送られていたのか、ちょっと不思議です。
出版が決まり、デザイナーは、土取さんのたっての希望により、生前の桃山さんが敬愛し、両氏のレコードジャケットデザインも手掛けていた杉浦康平さんにお願いすることになります。
最近は、仕事を控えつつあった杉浦さんも、桃山さんの本ならばと快諾して下さいました。
担当編集者としては、杉浦さんと仕事ができることはこれ以上ない幸福です。
ただし、絶対に妥協はしない姿勢は聞きしにまさり、色校正(試し刷り)も何種類もトライし、印刷所には納得がいくまで駄目出しをされます。こちらはあたふたとするばかり。
しかしやっぱり、桃山さんの世界を本という形にするならば、杉浦さん以外にはいません。
杉浦さんは桃山さんの人柄もよくご存知でした。
単にミュージシャンの書いたものを本にまとめるのではなく、その生き方や人間性、音色や声色までを生き生きと感じられるものにするにはうってつけの人選でした。
杉浦康平さんのデザインでは、本文全ページにわたって流麗なレイアウトが施されます。
写真はまだ制作途上のレイアウトで、途中で採用をやめたものもあります。
こうした実験を繰り返して、杉浦さんのディレクションの元、杉浦事務所の新保韻香さんと工作舎の小倉佐知子が、もっとも良いレイアウトに練り上げていきます。
桃が描かれたカバーを外すと、パール箔をあしらった本表紙が現れ、光を当てるとキラキラと光ります。
天(上部)はギザギザを残したアンカット、そしてフランス装という通好みの造本です。
下の写真は制作途上の束見本。束見本も数種類の紙で試し、本表紙は本番では別の紙に変わりました。
J-popや歌謡曲ばかりが現代日本の音ではありません。
また歌舞伎や能楽、常磐津や清元ばかりが伝統日本の音でもありません。
日本人が忘れてきた音、それでいて体の中で鳴り響いている音が、桃山さんの言葉と杉浦さんの意匠によって、確実に読者へと伝えられていくと思います。
もしかするとこの本は、現代日本の音が少しずつでも変わり始めるきっかけになるかもしれません。
音を形にするのは難しいもの。
これまでになかった「音楽」をめぐる一冊をつくるにあたり、杉浦さんは当方の予想を超えて大胆で斬新な試みを連打してくれました。
「あっちの世界に逝ってしまった桃山さんに捧げる本だから」とは杉浦さんの言葉です。
「歴史に残る一冊の本」となることも請け合い。
この一冊を一人でも多くの読者に届けるためには、桃山さんの世界、そして杉浦さんの世界に思いを寄せられる方々にご協力をお願いしようと考えた次第です。
本書のタイトルでありコンセプトでもある『にんげんいっぱい うたいっぱい』が、そのまま本づくりのプロセスに反映できることも魅力だと思います。
本の刊行は、目標ではなく、始まりです。
土取さんはピーター・ブルック劇団の音楽監督やフリー・ジャズの活動と平行して、「明治大正演歌」のコンサートを継続中です。
明治大正演歌は桃山さん自身も注目し、添田知道さんから直接教えを受けてはいたものの、やはり男の声で歌われる歌だとして、公式には演奏してこなかったものでした。
土取さんは、自ら三味線を弾きつつ「演歌」と「語り」で桃山さんの遺志を継ぎ、すでにCDも何枚か発表しています。
今後も、本書『にんげんいっぱい うたいっぱい』に綴られている世界を、さらに音で表現し続けていく予定。
書籍と音楽が一体となった活動は、支援された方々にはDMやメール・マガジンなどを通じてお知らせしていくことになります。
タイトル:にんげんいっぱい うたいっぱい
サブタイトル:日本の音はどこへ行く
著者:桃山晴衣(ももやまはるえ)
ブックデザイン:杉浦康平
定価 本体4500円+税
四六判/フランス装
388頁
ISBN978-4-87502-473-6
3,000円 ミニブックプラン
・お礼のメッセージ
・未収録の「座談会:[於晴会]をめぐって」をまとめたミニブック
10,000円(受付は5月1日まで) 本書&巻末クレジットプラン
・お礼のメッセージ
・本書
・本の巻末クレジットにお名前を掲載
10,000円 本書&ミニブック&ポストカードプラン
・お礼のメッセージ
・本書
・未収録の「座談会:[於晴会]をめぐって」をまとめたミニブック
・特製ポストカード5枚セット
30,000円(受付は5月1日まで) スペシャルセットプラン
・お礼のメッセージ
・本書
・本の巻末クレジットにお名前を掲載
・未収録の「座談会:[於晴会]をめぐって」をまとめたミニブック
・特製ポストカード5枚セット
・立光学舎レーベルのお好きなCD2枚(品切の場合はご連絡します)
※本書は5月末刊行に向けて印刷・製本に入るため、「本の巻末クレジットにお名前を掲載」をリターンとするプランは、5月1日までの受け付けとさせていただきます。