元筆談ホステス・斉藤りえが政界に挑戦!
2020年東京パラリンピックまでに心のバリアフリーを実現したい!

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<運営からのお知らせ>
本プロジェクトでは支援終了期日まで、 銀行振込での支援を受け付けさせていただくこととなりました。 銀行振込をご希望される方は、「斉藤りえプロジェクト銀行振込での支援希望」の件名で、下記アドレスまでメールにてご連絡ください。 担当者より、折り返し手順についてご案内させていただきます。
※ご連絡の際には、PCのメールアドレスより御連絡下さいませ。

info@greenfunding.jp
(こちらのメールアドレスをクリックいただけると、 メーラーが立ち上がります)
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はじめまして。斉藤りえと申します。

数年前に、出版した書籍『筆談ホステス』がきっかけで、少しだけ有名になった元銀座のホステスです。書籍は、女優の北川景子さん主演でドラマ化もされたので、もしかしたら、そちらをご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。

現在、私は、「障がい者にやさしい社会=誰にでもやさしい社会」を実現するために、政治家を目指しています。

なぜ、そんな私が今回、クラウドファンディングを利用したかというと、ずばり、「2020年東京オリンピック・パラリンピックまでに、東京を中心に日本を障がい者にやさしい場所にしたい」と思ったからです。
具体的には、その実現に向けた「活動費」が必要なのです。

まったく耳が聴こえない聴覚障がい者の私だからこそ、見えること、聴こえること、そして、できることが実はたくさんあります。

少しだけ、私の話を聴いてください。

私が「筆談ホステス」になった理由

私は、1984年青森県青森市に生まれました。

1歳のときに、髄膜炎という病気を患い、その後遺症で完全に聴覚を失ってしまいました。
だから、ほぼ生まれつき、音の無い世界で生きてきたことになりますね。

まったく耳は聴こえませんでしたが、それでも、両親の愛に支えられながら、すくすくと育ちました。

「耳が聴こえない分、より多くのことを経験させてあげたい」という親の思いから、たくさんの習い事をしました。

耳が聴こえないのに、ピアノのレッスンにも通っていましたね。懐かしいです。メロディは当然わかりませんが、「リズム」という概念を知るうえではとても貴重な体験でした。

現在、私には4歳になる娘がいるのですが、自分が親になってみると、この頃の両親の気持ちが痛いほどわかるようになりました。やはり、親というものは、子どもの可能性を最大化してあげたいものなのです。女手ひとつで育てているとなおのことかもしれませんね。

少し話が逸れましたが、私は耳が聴こえないながらも普通の小学校に通っていました。特に、いじめられたりという記憶はありませんでしたが、あとあと聞くと、耳が聴こえないのではっきりと言葉をしゃべれない私に対して、心無い男子たちが「宇宙人」や「外国人」とひどい言葉を投げかけていたんだそうです。でも、聴こえないので気が付きませんでした(笑)

中学も聾学校ではなく、普通の学校に通いました。自我が芽生えた私は自由奔放でした。Wikipediaの私の欄に「「青森一の不良娘」と呼ばれるほどの問題児となる」という記載がありますが、恥ずかしながら事実でございます。この頃のことは、いわゆる黒歴史といいますか、非常にお恥ずかしいお話ばかりなので割愛させていただきます。どうしても気になる方は、拙著をご覧いただければ幸いです。

中学を卒業した私は、高校に進学しました。中学時代の奔放さを引きづっていた私は、ある事件を起こしてしまいます。市内のとあるアパレルショップで、万引きをして店員さんに捕まったのです。当然、警察に補導されました。しかし、ここで起きたことが私にとって大きな転機となりました。私が万引きをしたお店のオーナーが、私をアルバイトで雇ってくれると申し出てくださったのです。当時は、「どうして万引きした私を」という思いがありましたが、あとあと話を聞いてみると、耳が聴こえない私に働く喜びを知ってもらいたかったんだとわかり、涙が止まりませんでした。

何かしらの障がいを持っていると、一般社会で働くことはとても困難です。当時の私も、ひとつの選択肢として聾唖者向けの職業訓練所に通うことも考えていました。しかし、アパレルショップでの接客業を通して、周りのサポートと本人の努力次第では、健常者と同様に働けると言うことを知りました。少なくとも、耳がまったく聴こえなくても接客業はできます。

これは、私の「心のバリアフリー」の原体験となりました。

そうして、働く喜びを知った私は、接客業を中心に様々な仕事に挑戦をしました。そして、あるとき、ホステスにたどり着いたのです。

最初は、水商売に対するネガティブな思いもありましたが、試しに働いてみると、そこはまさに“コミュニケーションそのものが仕事になる場所”でした。耳が聴こえない私は、小さなメモ帳を相方に、お客様と必死にコミュニケーションを取りました。その結果、お客様が共感してくださり、応援してくれるようになり、さらに別のお客様を紹介してくださるというサイクルが生まれました。ある人に出会ったことがきっかけで、また新しい輪が広がっていく、そんな人と人との“出会いの縁”が世界を広げていく体験は、それまでの価値観を一変させるものでした。 

元々、コミュニケーションに難がある私だったからこそ、コミュニケーションが一番大事なこの仕事に強く惹きつけられたのかもしれません。

青森市内で筆談ホステスとしてデビューした私は、数年、青森で働いたのち、同世代の若者と同じように東京に憧れ、上京しました。

最初は、一般企業で事務員として働いていたのですが、やはり、聴覚障がい者が普通のオフィスで何のフォローもなく仕事をすることは非常にハードルの高いことでした。

東京は、聴覚障がい者がひとりで生きていくには、とても厳しい街です。

あるとき、タクシーに乗っているとこんなことがありました。普通なら10分程度しかからない道のりなのに、気が付くと30分以上も時間が経っていました。どうしてこんなに時間がかかったのかを聞くと彼は、「着いたから声をかけたのに反応がなかったから、あたりをグルグル回っていた」と言いました。私は、タクシーの運転手に行き先をメモで手渡し、言葉で告げていました。その意味は少し考えればわかることだと思います。時に、聴覚障がい者が言葉を発すると、その音声の輪郭が曖昧になるため、知的障がい者と間違われることがあります。彼は、「自分は伝えたが、理解されなかった」と主張しました。私はとても寂しい気持ちになりました。

これは、一例であって、健常者がちょっとした想像力を欠くだけで、私たち障がい者は、すぐに恐るべき窮地に陥ります。

駅のホームの点字ブロック上に、誰かが捨てた空き缶が転がっていて、そこに視力障がい者の方がやってきたら・・・。そんな身の毛もよだつシチュエーションに簡単に陥ってしまうのです。

これは、ちょっとした気遣いですべて解消できることです。

それこそが、私の目指す「心のバリアフリー」なのです。

もし、海外から来たお客様がそんな心無いシーンに出くわしたら、日本の印象はどうなってしまうでしょうか?「おもてなし」の国だと宣言しているのに、心のおもてなしができない国。せっかく遠くから来て下さったお客様に、そんな寂しい思いをさせたくはありません。

2020年、東京オリンピックと同時に、パラリンピックも開催されます。

せめてそのときまでには、健常者、障がい者わけへだてなく、すべての人を「おもてなし」できる街であり、国にしたいと思っているのです。袖振り合うも多生の縁」ということわざがありますが、「縁」を大切にする日本人が「心のバリアフリー」を意識すれば、きっと素敵な“おもてなしの国”になるのではないかと心から思っています。

話が逸れてしまいましたが、一般企業を退職した私は、仕事探しすらままならない日々のなか、結果的に青森で成功経験のある水商売の世界に自分を見出すことにしました。そうして、門をたたいたのが、銀座の高級クラブでした。23歳の頃の話です。

銀座のクラブは、まるで絵画のように華やかな世界でした。お客様もお店のスタッフもすべてが洗練されていて、接客のプロと一流の遊びを知る紳士たちが集う場所でした。私の武器は、たった数センチ四方のメモ帳だけです。しかも、文字数の限られた筆談。それまで私は、コミュニケーションとは言葉のキャッチボールだと思っていましたが、ここで学んだのは、その投げるボールの質は自分次第だということでした。

お酒の場なので、軽口や下ネタだけでも成立はします。しかし、もし経営者のお客様に、アメリカの経済政策を受けての影響を尋ねたら、おそらくすらすら返ってくるでしょう。言葉が話せない私は、その分より深くお客様の考えに寄り添いたいと思うようになり、新聞を読み、雑誌をチェックし、様々な場所に足を運ぶようになりました。

相手の心の声を聴いて、その時一番したいお話をしてもらえるホステスになろう。私はそう考えていました。

ホステスは卒業しましたが、この考えは変わっていません。もし、政治家になったら、みなさんの心の声を聴き続けられる存在であり続けたいと思っています。 

そうして、筆談をコミュニケーションツールに銀座で働いていると、ある時、出版のお話をいただきました。最初は、「どうして私の平凡な人生を本にしたいんだろう?」という疑問と、「たまたま銀座に聴覚障がい者のホステスがいないだけで、そんなに騒がなくても」という風に思い、お断りをしていました。しかし、「銀座はおろか日本中探しても、そんなホステスいない!むしろ、耳が聴こえないのに接客業をしている人は見たことがない!」と強く説得され、「そういえばいままで誰にも会ったことがないなぁ」と呑気に思うと同時に、自分が前例となることで、同じように障がいで苦労している人の助けになれば、そして、健常者の「心のバリアフリー」を進める一歩になれば、そんな思いに至り、出版をさせていただきました。

その後は、出版記念イベント、テレビの取材、講演会、ドラマ化など目まぐるしく私を取り巻く環境が変化していきました。いまとなっては良い思い出です。

その時期が落ち着いた頃、私はひとり娘を出産し、銀座も卒業し、「元・筆談ホステス」になりました。

私がこのプロジェクトで実現したいこと

現在、私は、政治家になるべく挑戦をしている最中です。目的は、「心のバリアフリー」を世の中に広めるためです。

ありがたいことに、多くのメディアにご取材いただきました。同時に、たくさんのご意見もいただきました。

「元ホステスが政治家に?政治がわかる?」

「耳が聴こえないのに議会活動ができるの?」

「子どもはどうするの?」

おっしゃることはごもっともです。

事実、私自身も今回の立候補に際して、たくさんの不安がありました。ですが、よくよく考えてみると、至極自然なことではないかという結論に至りました。

それは・・・

私は、耳がまったく聴こえない聴覚障がい者。

そして、子どもを持つ母親。

さらに、社会で働く女性。

いま、社会が抱えている「バリアフリー」「子育て・少子化」「女性の社会進出」といった課題のまさに「当事者」だということに気が付いたのです。

私は、耳が聴こえないかわりに、人の心の声を聴くことを心がけて生きてきました。テンポよくスピーディーに会話ができない代わりに、お話をする相手の胸の奥にある“想い”を汲めるように注力してきたつもりです。

人の話を聴いて、人の想いを受け止めて、それを形にしていく仕事、それはまさに「政治」の仕事そのもの。そして、私は社会が抱える課題の「当事者」。悩める人達と同じ視点で考え、共感し、それを広く世の中に伝えていきたい。

そして、私の夢は、「障がい者も健常者も、自分らしく生きられる場所」を作ること。

そう考えた時に、「政治」という選択は、ある意味で最短ルートなのではないかと思ったのです。

私がここまでやってこれたのは、周りの人達のサポートがあったからです。しゃべれないのに、人一倍、好奇心旺盛だった私は、本当に多くの方に支えられて生きてきました。その経験をもとに断言できるのは、「周りの方の理解さえあれば、障がい者だって十分に一般社会でやっていける」ということです。

つまり、「心のバリアフリー」さえあれば、大規模なインフラ投資をしなくても、たいていのことは解決できてしまうんです。

もちろん、点字ブロックや字幕による情報保障などの物理的なバリアフリーも重要です。しかし、それらは実現までに時間がかかります。でも、精神的なバリアフリーは、いますぐこの瞬間から実現することができます。

現に、この長い文章を根気よく読んでくださっているあなたは、今後、障がい者を見かけたら、想像力を働かせてくださることでしょう。もし、駅のホームの点字ブロック上に空き缶が落ちていたら、きっと拾ってくださるんじゃないでしょうか。

そんな、ほんのちょっとの想像力こそが、まさに「心のバリアフリー」なのです。

私は、「心のバリアフリー」のおかげで助けられた人間として、次の世代にバトンを渡したいのです。

そのために、政治家を目指していますが、それはひとつの手段であり、例え、政治家になれなくても、この活動を続けていきたいのです。

それが、このプロジェクトの最大の目的です。

支援金の使い道

目標金額は150万円です。
目標金額を越えた場合、第2目標を250万円、第3目標を500万に設定させて頂きます。

第一目標である150万円を達成できたら、それを元手にこんなことがしたいと思っています。

例えば・・・

・東京パラリンピックに向けたバリアフリーマップの作成
・小中学校でのバリアフリーをテーマにした特別授業
・移動手話教室(私も勉強中ですが)
・障がいを持つ児童の職業体験
・障がいを持った子どもの親へのカウンセリング
・公共放送などへの字幕保障の提案

~など数え上げればきりがありません。これらは、私が勝手にやりたいことなので、お金をいただくつもりはありません。しかし、それでは活動に限界があります。

影響力も個人レベルでは限りがありますので、政治家になりたい。私はそう思うのです。

このやり方が正しいかはわかりませんが、私の好きな映画にこんな言葉があります。

「やり方は3つしかない。正しいやり方。間違ったやり方。俺のやり方だ」(ロバート・デ・ニーロ主演『カジノ』)

私は、私なりのやり方で、世の中に「心のバリアフリー」を広めていきたいのです。
それに集中するための活動資金が必要なのです。

どうか、少しでも共感いただけましたら、ご支援の程よろしくお願い致します。

メッセージ

みなさん、はじめまして。東京都議会議員の音喜多駿(おときたしゅん)です。

私は、彼女が目指す「心のバリアフリー」の賛同者です。都議である私としても、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けてのユニバーサル社会の実現は、非常に重要な課題であると捉えています。

しかし、障がいを持たない私にとっては、あらゆる対策が想像の範疇を超えることはありません。そんな折、彼女のような障がいを乗り越えてきた方が、社会を良くするべく立ち上がってくれたことは、本当に心強い限りです。

また、斉藤さんは、「人の心が聴こえる街に」をキャッチコピーに政治にのぞんでいます。これまで、たくさんの人の声を聴いてきた彼女は、きっと素晴らしい政治家になることでしょう。

世界を見渡せば、様々な障がいをお持ちの方が議員になり、その人々の意見を代弁している例は珍しくはありません。日本国民のうち、約5%の方がなんらかの障がいを持っているというデータがあります。しかし、我が国では、障がい者の政治家・議員はほぼ皆無です。国民の代表として世の中を作っていく政治家に、障がいを持つ方がいなくて、どうして真のバリアフリー社会が作れるのでしょうか。私は、ぜひ斉藤さんのような方に、現在の凝り固まった政治の世界や議会の慣習を打ち破ってもらいたいと思っています。

もし、斉藤さんが政治家になったとして、実際に活動する場合気になるのは耳が聴こえない点ですが、これは・・・

まったく問題ありません!!

こんな風に解決することができます。

最大の懸念事項である議会での質疑応答も、実際の議会では事前に役人に対して質問を提出し、議会ではその回答を得るだけなので、その場で臨機応変に質問をすることは非常にまれなことです。

さらに、議会用に、パソコンに打ち込んだ文字を読み上げてくれる音声ソフトも導入予定なので、もし、その場で複数の人と議論が必要になった場合も、議論に割って入ることすら可能なのです。

こういった技術の普及も彼女の役割のひとつです。豊富な人生経験と強い当事者意識を持つ、斉藤さんの活躍を、私は確信しています。

<プロフィール>
音喜多駿(おときたしゅん)
東京都議会議員(北区選出)。1983年東京都北区生まれ。
北区育ち。海城高校卒、早稲田大学政治経済学部卒。LVMHモエヘネシー・ルイヴィトングループにて7年間のビジネス経験を経て、2013年初当選。インターネットを中心に積極的な情報発信を行う、通称「ブロガー議員」。

現在、私の住む北区で活動する音喜多議員には大変お世話になっています。音喜多議員が掲げる「女性が活躍できる社会の実現」は、私が目指す「誰にでもやさしい社会」とかなり近く、具体的な政策や法令の問題点など、いつも勉強させていただいております。

↓いつもこんな風にやり取りをしています。

スマホに文字を打って質問をするわたし。

音喜多議員は、パソコンで筆談。

衝撃的な速さです!

わたし「なるほど!」

ちなみに、音喜多議員は婚活真っ只中で、条件は、「毎朝一緒に街頭演説をしてくれる女性」だそうです。残念ながら私は、毎朝、娘の送り迎えがあるので無理ですが、どなたか素敵な方がいたら音喜多事務所まで立候補いただけると幸いです(笑)

私の最愛にして、一番大切なお姫様が娘の栄万(えま)です。まだ4歳なのですが、大人顔負けの聡明な子どもです(親バカですいません)。彼女の優しさと機転にはいつも助けられています。

あるとき、こんなことがありました。

栄万と2人で、とある人気テーマパークに出かけた帰りのことです。すっかり遅くなってしまって、暗くなった駐車場。栄万は、車の後部座席に乗り込むなり眠そうに横になっていました。「1日遊んで疲れたんだね」と微笑ましく思いながら、荷物をまとめ、家路につくべく車のエンジンをかけようとしました。

しかし、まったくエンジンが反応しません。

何度もエンジンをかけようとしますが、さっぱりエンジンは動きませんでした。車の知識があまりなく事態が把握できなかった私は慌てふためくばかりでした。誰かに伝えようにも、誰に何をお願いしてもらえばいいかさっぱり思いつきませんでした。対策をスマホで検索しようとすると、充電は残り2%。

そんなとき、後部座席で寝ていたはずの栄万が声をかけて来ました。事態を伝えると、彼女は事もなげに言いました。

「ママ、大丈夫!いい考えがあるよ!」

本来なら、親である私が安心させてあげなければいけないはずなのに、そこには私を安心させようと、おだやかな笑顔を浮かべる娘がいました。

「栄万がお電話してあげるよ。そして助けに来てもらうのはどう?大丈夫だから心配しないで」

娘がJAFに電話をして、スタッフの方に助けてもらい、その日は何とか帰ることができました。

そんな彼女には、いつも感動と驚きをもらっています。

彼女が大人になる頃には、もっと素敵な世の中にしていたい。親として、先に生きる者として、心からそう思います。

リターン

▼3,000円
・斉藤りえデザイン「心のバリアフリーステッカー」
・「サイン入り生写真×3枚」
※募集終了後に順次発送いたします。

▼10,000円
・斉藤りえデザイン「心のバリアフリーステッカー」
・「サイン入り生写真」
・「心のバリアフリーTシャツ」
・「サイン入り斉藤りえ著作」
※募集終了後に順次発送いたします。

▼30,000円
「4月26日19時~斉藤りえと一緒にお知らせを待ちながらの夕食会@北区」
※限定15名
※北区内で開催予定
※開催場所等は、ご支援いただいた方に別途お知らせいたします。
※この催物は、政治資金規正法第八条の二に規定する政治資金パーティーです。

▼150,000円
「筆談ホステス限定復活!あなたの接待を手伝いに伺います!」
※限定5組
※着物を着た斉藤りえが、ホステス役で場に華を添えます。
※交通費別途(ご指定の場所にうかがい実施いたします)

▼300,000円※団体・法人様向けプラン
「講演会」
※交通費別途(ご指定の場所にうかがい実施いたします)

ご注意事項

本プロジェクトは、公職選挙法、政治資金規正法などの法令を遵守し、選挙管理委員会や弁護士に確認のうえ実施しています。 「支援する」からプランを選択し、決済いただくことは、「斉藤りえ」個人との「契約」となります。日本を元気にする会や斉藤りえへの「寄付」ではございませんので、予めご了承下さい。