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文化を創る盃(さかずき)製作プロジェクト
~個性を発信していく文化へ~

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◆下剋上

声を上げろ!高みを目指す意思と、一歩を踏み出す勇気があれば天下が取れる!出自や地域は関係ない。ポータブルデバイスやSNSの発達により、誰もが意思表示や情報発信ができる時代になった。もう言い訳はできない。
画一化が進み、窮屈さが強要される社会であったとしても、意思と質を兼ね備えた個性が自ら、その価値観を発信しどんどん世に出ていく機会を得、天下を取りにいくような、そんな志と誇りの文化を形成したい。
陶芸作家である僕が、その端緒となるという想いを表現し、志と誇りそのものを形にしたものが頬鎧盃(ほおよろいはい)だ。

◆頬鎧盃(ほおよろいはい)とは

「頬鎧」とは、戦国時代に武将が顔面を守るために被っていた防具だ。「頬鎧」は元来が身を守る防具ではあるが、戦国という時代、武将という特異な使い手を背景に、戦う相手を威嚇するための目的から、場合によっては過剰とも言える装飾性を持ち、形状に込められた意味合い、フォルムへのこだわり、なにより圧倒的な個性を追求したモノといえる。現代のモノは工程の効率化により、摩擦のない作りやすい形状が一般化している。消費者の価値観もそれに沿ったモダン・ミニマルが一般化し、ペイントやカラーリング技術の発達により、製品における装飾は交換可能なバリエーションとして意味を剥奪された。

「頬鎧盃(ほおよろいはい)」とは、頬鎧の志を継ぎ、その形を模した盃だ。言葉を並べるより、みてもらった方が分かり易い。これが、頬鎧盃だ。























盃は酒宴のための器である。この「宴」という場にも大いに意味があり、古来より酒宴の席は、儀礼・交流の場としての意味合いだけでなく、政(まつりごと)の一部でもあり、重要な意思決定さえも行われていた。
更には、「無礼講」など立場を超えた祝祭の場として人の度量や心意気を見る場でもあった。地位や身分の上下を取り払った挑戦を良しとする、まさに下克上の戦国の世に生まれた文化だった。
今回は、戦国時代へのオマージュとして、志高く天下を取りに行った武将たちをモチーフに、頬鎧盃(ほおよろいはい)の真骨頂とも言える武将シリーズを作りたい。

◆リターン

◯7,000円
頬鎧盃で日本酒を酌み交わす酒宴へご招待(東京23区内での開催を予定)

◯ 20,000円
戦国の龍虎(武田信玄・上杉謙信)いずれかの頬鎧盃を1つ
※色は、黒、白、赤、緑から選択可能

◯38,000円
戦国の龍虎(武田信玄・上杉謙信)双方の頬鎧盃セット
※黒×白、または赤×緑のセットを選択可能

◯50,000円
戦国の名将リクエストと加工カスタマイズ
※ご希望の戦国の名将リクエストとスタッズなどのディティールや、金やプラチナ彩などの加工カスタマイズ可能

◯100,000円
天下人(家康、秀吉、信長)の頬鎧盃セット

リターンの、頬鎧盃の詳細は以下を御覧ください。

◆武将

◇戦国の龍虎 
甲斐の虎 ~武田信玄~ 越後の龍 ~上杉謙信~  

戦国末期、最強とされる武田騎馬軍団と名だたる武将たちを束ねた武田信玄。軍神とも称され、出陣時にはほぼ無敗を誇った上杉謙信。織田信長の台頭前に最も天下人に近かった二人の戦国大名。
戦国大名の代表格ともいえる今もなお人気の高い二人の武将。そのライバル関係は有名で、数々のエピソードが残っている。頬鎧を制作するに当たっては、史実/伝世品を再現するのではなく、龍虎、毘沙門天、風林火山など、個々の持つ強力なイメージをふくらませ、個性の感じられる造形を目指す。黒と白、赤と緑など、対となるようなメリハリの利いたカラーリングで表現する。

▼[参考]以前に赤と青の対の頬鎧盃を創ったもの

◇天下人セット 
戦国武将をオマージュするのであれば、やはり天下まで上り詰めたこの3人を創らないわけにはいかない。そう、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康だ。

~織田信長~
織田信長は、幼少から青年時にかけて奇行が多く、周囲からは「大うつけ者」と呼ばれ、その奇妙な言動や当時には奇抜だと思われた派手なファッションなど、なかなか理解されなかった。また、身分にこだわらず、民と同じように町の若者とも戯れたり、迷信的な慣習やだらだらした前置きを嫌うなど、自らの価値観と志を貫いた。まさに頬鎧盃がオマージュするに相応しい人物である。
信長は、外国人の貿易商人や宣教師によって初めて海外の衣服が紹介されたはしりの時期を生き、和洋を折衷し、それぞれの良いところを活かせるような独自のファッション感覚を持っていたと、現代になっては評されている。信長は髑髏を薄濃(はくだみ。漆でかためて金箔などを張る事とされる)にし、酒宴の肴として披露するなどのエピソードを持ち、こういった大胆不敵さ、派手さ、独特の価値観といった個性は現代からみても魅力的である。
信長のみ、過去に制作しており、派手さを演出するために、金、プラチナ、さびた質感を持つ黒釉など、特徴的な仕上げに加え、鋲や角など、過剰なフォルムで表現した。

~豊臣秀吉~ 
下層階級から名を上げて、信長に重用され、武家、さらには大名へと成り上がる立ち回りの巧さと向上心、信長亡き後の跡目争いに勝つ抜け目の無さに加え、戦国大名として最大の版図を得てなお国外へと出兵する、飽くなき野心をもつ、「下克上」の戦国期を象徴するような人物。 茶道の庇護者で、利休を重用しながらも、黄金の茶室にみられるように、その派手好きな部分は,侘び寂びの範疇に収まらなかった。頬鎧は、信長に負けないような派手さを表現したい。

~徳川家康~
家康は、秀吉没後の関ヶ原の戦いにおいて東軍を率い、西軍に勝利し、大阪夏の陣・冬の陣を経て豊臣家を滅ぼしその 覇権を決定づけた。「東海道一の弓取り」と称されるように、戦に長けていただけでなく、好学の士であり、海外との交易に取り組むなど、新しいものを好ん だ。必要な際には出費を惜しまない一方で、質素な食事や生活を好み、節約家でもあった。
家康の人格を表す『泣かぬなら泣くまで待とう』とあるような忍耐強さや、慎重で隙のない堂々とした姿勢、太平の礎となるしっかりとした意思が感じられる、 おおらか且つ力強い造形を目指す。

◇戦国の名将リクエストと加工カスタマイズ
あなたがリクエストする武将の頬鎧盃を、お好みの加工にカスタマイズできる。カスタマイズは以下の項目の中から選択頂ける。

○装飾加工:スタッズ加工、ロッド加工、円柱スタッズ加工、フラット(装飾加工無し)
○彩と釉薬:金彩、プラチナ彩、銅彩、錆び風

▼スタッズ加工

▼ロッド加工(左側)・円柱ロッド加工(右側)

▼錆び風

▼金・プラチナ・銅彩

 

◆頬鎧盃、これまでの作品例





◆古賀崇洋

1987 福岡県出身
2010 佐賀大学文化教育学部美術・工芸課程 卒業
2011 -鹿児島県長島町にて作陶 

" 2010
# HAKATTANAへうげもの九州急襲 〔福岡天神〕
" 2011
# IKEYAN 展 〔東京、大阪、京都、名古屋、金沢、倉敷、多治見、笠間全国ギャラリーにて展示〕
" 2012
# 縁-enishi-〔渋谷西武百貨店〕
" 2013
# Contemporary Japanese Design & Arts | Fuori Salone [ MILANOSALONE2013,Italy ]
# 路上の石〔東京・白白庵〕
# petit ceramic〔鹿児島出水・marcello gallery 〕
# Stylish Ceramics from Milano Salone 〔恵比寿三越〕
# NEW YEAR NEW STYLE「禅&艶」〔日本橋三越本店〕
" 2014
# ISETAN 茶会〔新宿伊勢丹〕児
# CAST 〔KOGEI まつきち/金沢〕
# その他百貨店催事、グループ展多数
# 2014. 9 ・H.P.FRANCE DECOdeBONAIR(デコデボネア)にて初個展 〔東京・南青山〕
" 2013『天祭一〇八』増上寺現代コレクション 準大賞