昨年、クラウドファンディングで成立した民生機では世界初となるフルデジタルFMチューナー、C-FT1000。
その本質であるRFダイレクトサンプリング+高性能FPGAによるフルデジタル処理をフィーチャーし、シンプルにフルデジタルFMチューナーの高音質を楽しみたいユーザーに向けたモデルが誕生しました。
「ラジオ」というメディアは電波を大気中に発信し、それを受信機で捉えるというじつにプリミティブなメディアです。
とくにAM放送は、電波に乗る信号が音声信号そのものであるため受信機は非常にシンプルで、「塹壕ラジオ」や「ゲルマニウムラジオ」といった小学生の工作レベルの受信機でも放送をキャッチすることが可能です。
しかし、何らかの外因で電波にノイズが入ったり乱れが生じると、そのまま音声にダイレクトに影響するデメリットもありました。
そのデメリットを解消するために開発されたのがFM放送です。
FM放送は周波数変調波として送り出されています。これは基準となる周波数の上下約75kHzの幅で周波数が偏移するというもの。この周波数偏移そのものが信号であるため、電波が十分な強さ受
ただし周波数の偏移という形に変えられた信号を音声信号に戻すために、受信機の内部では複雑なプロセスを経なければなりません。さらにステレオ放送では同時に送られる左右チャンネルの差分データを使って、ステレオ音声に変換していくのです。
1970年代に全盛を極めたFMチューナーは、受信にはエアバリコン、まるで演算に次ぐ演算のような内部処理はすべてアナログ回路で行われていました。しかし100MHz近い周波数の電波を扱うFMチューナーは、オーディオ機器では珍しく高周波が筐体内部を巡るためノイズとの闘いでもあったのです。おそらく当時の技術者も演算をもっと簡単にできたら、ノイズを気にせず設計できたら、と考えたことでしょう。
こうした当時の先端技術を結集して作られたFMチューナーですが、1982年のCD誕生とそれに続くデジタルオーディオの流行、さらにインターネットの普及、音楽配信等、オーディオを取り巻く環境の変化の中で、徐々に存在感を小さくしていきます。そして極めつけはスマホやPCで手軽にラジオが聴ける「radiko」の登場。もはやラジオは電波をキャッチするのではなくネット経由で聴くのが主流になってしまいました。
しかし、皮肉なことにradikoの登場と普及によりラジオを聴く人は近年増えているように感じます。
それにともないラジオの価値も見直されてきました。専門家が選曲したラジオの音楽番組は新しい音楽との出会いをもたらしてくれます。
インターネットでは好きな曲を探すことは出来ても、知らない曲を聴くことは難しいのです。そして限界のあるradikoの音質に対し、CDがハイレゾに移行したように、さらなる高音質を求めるリスナーも増えて来ました。ところが市場を見回しても、すでにFMチューナーは絶滅危惧種。現在販売されているチューナーは、チップ化され簡略化されたものか、マイナーアップデートが繰り返されてはいますが基本的にはかつてのアナログチューナーを踏襲したハイエンドモデルしか残っていないのが現状です。
そこで私たちは、得意のデジタル技術とアナログアンプで培ったオーディオ技術を融合させ、理想を追求したFMチューナーを開発することにしました。
C-FT1000は林輝彦氏が考案した、アンテナからのRF信号を直接A-D変換し、デジタル信号処理を行うことで音声を復調する方式(=RFダイレクトサンプリング方式)のチューナーです。
従来のFMチューナーの内部は非常に複雑です。その理由のほとんどは信号がレコード溝やテープの磁気信号のようにダイレクトな音声信号でないことに起因しています。チューナーの内部構成でフロントエンド、FM検波、MPXのいずれも、じつは信号を正確に取り出すための仕組みになっています。
実用化されたばかりの半導体ではその高周波に耐えられなかったため、初期の傑作チューナーの多くは真空管を用いていました。やがて日本で半導体技術が発達すると、チューナーは日本の独壇場になります。
それは他のオーディオコンポよりも「正確な信号を取り出す」という部分が、チューナーには大切だったからでしょう。日本がもっとも得意にしたことだったのです。
FMチューナーの需要が激減したため、開発は途絶えてしまいましたが、ここまでご覧いただいた通り、チューナーの内部では複雑な演算処理が繰り返されています。そのため、とくにチューナーの心臓部であるFM検波からMPXの部分がデジタル化されるのは当然の帰結でもあります。
さらに現在ではFPGAの発達と普及により、より凝ったプログラムを組み込むこと(コンフィギュレーション)ができます。
私たちが開発したRFダイレクトサンプリング方式では正確な信号を取り出すために、従来の行程をデジタル化しただけでなく、アナログ時代にはビートダウンしなくてはいけなかった信号を同調周波数のまま検波以降の行程を行うことができます。そのため周波数を落とす段階の信号劣化がありません。
従来のFMチューナーと比べると、S/N比、ステレオ分離度、歪率など全ての指標において最高の受信性能を有します。
さらに高性能なFPGAにプログラムを組み込むこと(コンフィギュレーション)することでマルチパスの影響を強力に除去する学習機能付きのMPC(マルチパスキャンセラー)も搭載しました。
ところがC-FT1000の開発過程で、MPCを必要としない、あるいはMPCがあまり有効でない環境が少なからずあることに気づきました。
例えば一部のCATVから再送出されるFM放送を受信している場合、MPCがあまり効かないことがわかったのです。
これはCATVの基地局でFM電波を受信したあと、信号レベルの振幅を一定に揃えて再送出する場合で、マルチパスの影響を検出するのに必要な振幅の乱れがないため、演算が不可能となっているのです。(すべてのCATVがそのような処理を行っているわけではありません)
こうした電波を受信し、FM放送を楽しむのであれば高価なデバイスが必要なMPCは宝の持ち腐れになってしまうかもしれません。
そこでC-FT100ではMPCの複雑な処理を省く代わりによりコンパクトなFPGAに変更。
受信性能はC-FT1000とまったく同じものとしながら、コストダウンに成功しました。さらに好みの分かれる音質部分では、アナログ出力をモニター用途に絞り、テキサス・インスツルメンツ(旧バーブラウン)製の中級クラスのDACを採用することでさらにコストを削減。
デジタル出力は192kHz/24bitのハイレゾ・スペックとなっていますので、お好みのDACに接続してアナログ出力を高音質でお楽しみください。
もちろん本機のみでもアナログ音声を楽しむことはできます。
C-FT1000 | C-FT500 | C-FT100 | |
RFダイレクトサンプリング | ○ | ○ | ○ |
ハイレゾクオリティ・デジタル出力 | ○ | ○ | ○ |
MPD-1対応 | ○ | ○ | ○ |
マルチパス・キャンセラー | ○ | ○ | ☓ |
マニュアルチューニング | ○ | ○ | ☓ |
高品質アナログ出力 | ○ | ☓ | ☓ |
C-FT100はその心臓部であるFPGAのFM電波から音声信号を取り出すプロセスはC-FT1000とまったく同じものとなっています。
またアナログ出力については上位モデルのC-FT500とほぼ同じものを採用しているため、より手頃な価格でフルデジタルFMチューナーが楽しめることになります。
使用環境によっては不要と思われる機能を削ぎ落とし、よりピュアでFMチューナーとしての本質を研ぎ澄ませたC-FT100。
現在だからできた、異次元のFM体験をしてみませんか。
このC-FTシリーズに共通のオプションとして、電波の受信状況をリアルタイムで“見える化”するMPD-1を用意しています。
FM電波の電界強度はもちろん、振幅からコンプレッションの様子、またマルチパスの影響がひと目でわかります。
アンテナの設置、調整のほか、マルチパス・キャンセラーが有効かどうかも確認可能です。
C-FT100に接続した場合、C-FT1000/500とは表示項目が変わりますが、将来的にC-FT1000/500にステップアップした場合もMPD-1はそのまま接続でき、表示項目もチューナー本体に合わせ変わります。
全高調波歪率(85dBf入力、1kHz) | 0.01%(MONO)、0.02%(STEREO) |
---|---|
SN比(85dBf入力、A補正) | 90dB(MONO)、85dB(STEREO) |
ステレオ分離度 | 80dB(1kHz)、70dB(10 〜15kHz) |
周波数特性 | 10 〜15kHz(+0.1dB、-0.5dB) |
出力レベル(周波数偏移 75kHz) | アナログ 0.71Vrms / デジタル -5.8dBFS |
受信周波数範囲 | 76.0 〜95.0MHz(0.1MHz ステップ) |
アンテナインピーダンス | 75 Ω不平衡(F 型コネクタ) |
FM 検波方式 | デジタル検波方式(CORDIC) |
ステレオ復調方式 | デジタル復調方式(マトリクス方式) |
デジタル音声出力 | 同軸× 1 系統(48 〜192kHz)、光(TOSLINK)× 1 系統(48 〜96kHz)、AES/EBU × 1 系統(48 〜192kHz) |
アナログ音声出力 | アンバランス(RCA 1.5k Ω)× 1 系統 |
電源 | AC100V(50/60Hz) |
消費電力 | 5W |
外形寸法 | W430×H80×D320mm |
重量 | 5.3kg |
付属品 | RCAケーブル・電源ケーブル・小型リモコン |
港北ネットワークサービスとは
港北ネットワークサービスは、元々大手メーカーの開発サポートや研究を主な業務としてスタートした会社でした。マランツやNECでアンプの開発に携わり、あのA-10シリーズの開発に携わった萩原由久氏の加入により、オーディオ関連業務を手掛けるようになり、雑誌「ステレオ時代」とのコラボ・プロジェクトである、A-10のエッセンスを盛り込んだA-10SGや、その真空管ハイブリッドアンプ、A-10SG TUBEを製品化。さらにかつてサンスイやNECでチューナー開発を手掛けた技術者により、自社ブランドのFMチューナーやミュージックバードのチューナーを開発・販売も行うようになりました。こうしたアナログオーディオに関する技術と、もともと得意としていたデジタルの技術を融合させて完成したC-FTシリーズは昨年のクラウドファンディングでも成功を収め、その際に集まったユーザーの声を元に今回、よりシンプルなフルデジタルFMチューナーを開発しました。