世界各国の新鋭作家(総勢18名)のSF短編小説を一度に堪能できる一冊『Rikka Zine』創刊号
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Rikka Zine Vol.1内容紹介(6) 第3章 Chosen Family編・後

Rikka Zine主宰・橋本輝幸です。本日はRikka Zine Vol.1に収録する第3章:Chosen Family編の収録作の後半を紹介します。

 

10 ソハム・グハ「波の上の人生」暴力と破滅の運び手 & 橋本輝幸共訳

11 灰都とおり「エリュシオン帰郷譚」

12 ヴィトーリア・ヴォズニアク 「残された者のために」橋本輝幸訳←今日はここから

13 笹帽子「幸福は三夜おくれて」

 

ヴィトーリア・ヴォズニアク 「残された者のために」橋本輝幸訳(約5200字)

 風がわずかに残った木々の葉を揺らしていた。鳴り響く音は、小川のそばに棲む蝉の声から、コンピュータの冷却や温室の潅水のために機械が水を汲み上げる音に取って代わられていた。ルアナの足を止めるのに十分な音だった。考えごとは継続的に響く騒音に吸いこまれて消えた。温室の周りは厳重に警備されていたものだが、人々の注意は今、とある希望に引きつけられていた。

 クリエイティブ・ライティングと編集を専攻して修士号(MFA)を取得した、ブラジルの作家・詩人・文筆家のヴィトーリア・ヴォズニアクさん。彼女は英語とポルトガル語の2言語で発行を続けるブラジルのバイリンガルSFF誌Eita!で、ニュースレター部門の編集長を務めています。

 彼女の書き下ろし投稿作品の主人公は、恋人だった科学者の女性が重要な任務のため太陽系外に出発してしまい、地球に取り残されてしまいます。

 主人公の女性が噛みしめる無力さがディティールと共に書かれています。登場人物の「等身大」な感じが、彼女の心情を身近に感じさせる秘訣でしょうか。ずっと抑制されていた感情が、最後の最後に少し吹きこぼれるところで切なさがいや増します。

 

笹帽子「幸福は三夜おくれて」(約5400字)

(略)

 リストが三日前まで滞在していた調査地、コンバスの伝承によると、フクロウの日に夕焼けが赤く輝いた翌朝、石鎚穴の石には幸福が宿るという。石は熱を持ち、鋭利な断面に祝福が光のきざはしを描く。その石を贈り物にすると、贈られた者に幸福が与えられるという。

 ただし、石がコンバスの山を離れると、輝きは褪せていく。五日を経てヘビの日が来て、輝きが完全に落ちてしまうと、もう幸福を分け与えることはできない。

 つまり幸福を運べるのは、五日間で移動できる距離に限られる。

 フィールドワークのために世界を飛び回る主人公リストがひさびさに地元の空港に戻ってくると、なんと預けていたスーツケースが紛失されていたことが発覚します。今回ばかりは絶対に紛失されては困るのでした。なぜなら、コンバスの山で手に入れた〈幸福〉が入っていたのですから……。

 テクノロジーや時代の変化に伴う伝承の変容や、文化による家族観の違い。概念なんて所詮は不確かなもので、決定権を握るのはあくまで個人なのです。

 書きすぎることなく、スマートにまとめられた作品です。短篇小説ならではの余白が楽しめる技巧をお楽しみください。

 笹帽子さんは同人誌を主宰し、雨月物語SF『雨は満ち月降り落つる夜』、リフロー型電子書籍化不可能小説合同誌『紙魚はまだ死なない』等、面白いテーマアンソロジーを刊行しています。

2022/09/17 11:49