世界各国の新鋭作家(総勢18名)のSF短編小説を一度に堪能できる一冊『Rikka Zine』創刊号
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Rikka Zine Vol.1内容紹介(5) 第3章 Chosen Family編・前

 

Rikka Zine主宰・橋本輝幸です。

本日はRikka Zine Vol.1に収録する第3章:Chosen Family編の収録作の前半までを紹介します。

Chosen FamilyはFound Familyなどとも呼ばれ、後天的な家族を意味します。生まれてきた家や国は選べませんが、後天的な家族は……これも国によっては自由に選べるとは限りません。この章には自分たちなりに居場所を築き、ありかたをつかみとる話もあれば、個人が国や世界から自由を奪われる話も収録されています。

 

10 ソハム・グハ「波の上の人生」暴力と破滅の運び手 & 橋本輝幸共訳←

11 灰都とおり「エリュシオン帰郷譚」←今日はここまで

12 ヴィトーリア・ヴォズニアク 「残された者のために」橋本輝幸訳

13 笹帽子「幸福は三夜おくれて」

 

ソハム・グハ「波の上の人生」暴力と破滅の運び手 & 橋本輝幸共訳(約9050字)

 人はみな飛ぶことを夢みる。

 

 私はいま、その夢を体現している、イカロスのように。そして眺めているのだ、ここから九〇〇〇キロメートル下で眠りについている世界を。黄金に輝く日の出の光がバイザー越しに私の顔へ差し、そして私の真下にある氷の浮き城を巨大なダイヤモンドの原石のように煌めかせる。はるか下に見える地球は暗く、夜明けを待つ時刻にある。そして地球の海は、その冷たく水気に満ちた腕(かいな)で惑星を抱きしめている。

 とこしえの闇の中で、私は八つの光点を数える。八つの煌めかしき文明の浮島たち。そのうちのひとつは私の故郷、コルカタだ。怪物のごとき巨体で自ら海を進み、そして島の下部、鋼とチタンでできた巨人の胎内の深奥では、ヒュドラの首のように休むことを知らない八つの水力機関が唸り、巨大な羽根(ブレード)で海流から電力を生み出している。もし傍にいれば、私にも浮島都市が歌う地響きのソネットが、グルグル、ズンズン、と聞こえただろう、この鋼鉄でできた神(クールマ ※1)の心音であるというように。

 

  1. ヒンドゥー教においてヴィシュヌ伸の第二の化身とも見なされる存在。神話では、天地創造の「乳海攪拌」のシーンで、攪拌棒として使われたマンダラ山を海底で支える役割を果たした。

 ここ5~6年の間にSF小説を読み始め、そして自ら書き始めたインドの作家ソハム・グハ。90年代半ば生まれの作家です。第一言語はベンガル語ですが、近年、英語での執筆も始めました。本作は著者が2019年に初めて英語で書いた小説だそうです。ちなみに好きな作家はN・K・ジェミシン、劉慈欣、スティーヴン・バクスター、スー・バーク、ケン・リュウ、P・ジェリ・クラーク、ニール・スティーヴンスン等だとか。本格SFと社会や人間の心情の双方がお好きなことがわかるラインナップですね。

 さて、ベンガル語圏では1960年代に1度はSFブームがおこりかけながら、その後、長らく主に児童小説や純文学の中の要素としてのみ存続してきたといいます。ベンガル語の話者数は世界に2億6500万人いるのですが。しかし2017年、SFを愛してやまない人たちがベンガル語初にして唯一のSFウェブジンKalpabiswa(Kalpa想像力のbiswa世界)を立ち上げました。ソハム・グハさんはここから羽ばたき、早くも国際的なアンソロジーでも活躍を始めた作家です。

 本作は公募ではなく、テーマに合う作品を探していた私から声をかけたケースでした。本書は宇宙で犠牲的なミッションに身を投じる20世紀SFドラマ的な物語であり、きわめてロマンティックな話であり、そしてディストピアにおける個人間の愛情のこわれやすさや、立場の違いの話でもあります。ロマンスかとみせかけて、ロマンスの失敗を描いたクィア小説で、宇宙SF兼ディストピアもの兼破滅SFと言えるでしょう。カルパビスワ誌編集長がおすすめするベンガルSF短編の中でも、筆頭格として挙げられていた作品です。

 私には本作のレトリックやロマンティックさを文章としてうまく表現する自信がありませんでした。そこで作家の暴力と破滅の運び手さんに下訳を読んでからリライター・共訳者として加わってもらい、翻訳を日本の読者の胸を打つドラマに仕立て上げてもらいました。

 ※暴力と破滅の運び手さんの小説最新作はVG+に掲載された「灰は灰へ、塵は塵へ」です。

 著者自身によるベンガル語翻訳に、英語版から大幅な加筆が加えられていることに気づいたため、日本語翻訳は急遽ベンガル語版の要素を足した「完全版」となりました。西インドの食文化や宗教問題の一端も感じられる作品です。

 

灰都とおり「エリュシオン帰郷譚」(約8,050字)

 冷房の効いた電車はガラガラで、わたしたちの制服姿は浮いてみえた。

 世の中にとってはなんてことのない平日の昼間で、でも重大な使命を果たす日ってこんな風に突然やってくるんだって、わたしは少しどきどきしていた。

 ――我は海に還る。そなたら、地上の仮住まいをこれまでよう支えてくれた。礼を言うぞ。

 隣に座った真那海がいつものアカウントでTwitterに画像とテキストを投稿する。さっきスマホで撮った車窓ごしの景観にLive2Dでつくったアニメ風キャラクターを重ねた、即席のリアルタイム配信。そこで真那海は、キラキラのウロコとうねうね揺れるタコの触手を持った冥海帝国の皇女さまの姿で微笑んでいる。すっかりバーチャルなアイドルという風情。

(略)

 生まれてすぐ私は口減らしに桟俵(さんだわら)で流されました。

 これを流浪の僧がたまたま拾い上げ、私は経典と本草の知識を授けられながら育ちました。

 師はすぐに、私の不可思議な力に気づいたそうです。

 私は物心つくまえから、目には見えないもののすぐ隣にいるもうひとりの「私」、いえ「私たち」の姿を感じとっていました。「私たち」はそれぞれの世を生きていました。その境遇や日々の出来事もほとんど変わらないようでしたが、ある「私」が昨日見聞きしたことに別の「私」は翌日になって触れるとか、そもそもそのような経験をしない「私」がいるだとか、少しずつ違いがありました。師からすれば、私はのちに起こることをあらかじめ知っていたり、起きもしなかったことを細かく憶えているといった、奇妙な子だったことでしょう。

 公募で受け取って一読して、力のこもりようと、丁寧に組み上げられた世界観に驚嘆しました。賞歴や掲載歴のない方とは思えなかったですし、小説の投稿や公開自体がここ2年ばかりの活動だというのも驚きでした。まさに会心の一作という出来ではないでしょうか。

 かたや海に向かう旅の途中である女子学生ふたり、かたや捨て子として仏の道に入り、流浪の運命を背負う定めにある「私」。彼女たちの過酷な道行きとその行く末の解釈は読者にお任せしますが、私はハッピーエンドだと思っています。

 英訳を担当するのはカナダ在住のブライアン・バーグストロムさん。星野智幸の短編集『われら猫の子 』、鈴木光司『光射す海』のほか、近刊に小林エリカの長編『トリニティ、トリニティ、トリニティ』(Astra House Books, 2022)があります。本誌に当初に集まった短編を読んでいただき、本作に惚れこんで翻訳を引き受けていただきました。ご期待ください。

(つづく)

2022/09/15 23:45