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Rikka Zine Vol.1内容紹介(4) 第2章 Weird編

Rikka Zine主宰・橋本輝幸です。

本日はRikka Zine Vol.1に収録する第2章:Weird編の収録作を紹介します。

Weird(ウィアード)は奇怪な、変なという意味を持ちます。「奇妙な味」や「異色」と呼ばれることもある方向性の作品を集めました。科学的なものと非科学的なもののはざまをさまようような、ふしぎな作品ぞろいです。

一方でミステリのプロットや構成を利用した、理路整然とした小説も多いです。

今回はうっかりネタバレになりかねないため、内容紹介は控えめにしてその分、本文からの引用を多めにしました。

 

6 鞍馬アリス「クリムゾン・フラワー」

7 稲田一声「きずひとつないせみのぬけがら」

6 阪井マチ「終点の港」

9 根谷はやね「悪霊は何キログラムか?」

 

鞍馬アリス「クリムゾン・フラワー」(約5500字)

(略)

 人類が痛覚を除去できる技術を開発してから、二〇〇年近く経つと聞く。痛覚除去の操作は遺伝子レベルで行われるので、生まれた赤ん坊は誰もが痛覚を持っていない。すでに、痛覚を持っている人間というのは、百年以上前に絶滅したらしい。

 痛覚除去技術の開発直後は、凄まじい反対の声が上がっていたと、高等学校の生物の授業で習った。痛覚という人間らしい感覚の一つを完全に消し去るのは、人権侵害に当たるのではないかと、そういう意見が出たと聞く。

 だが、多くの人の意見は違っていた。痛みというのは非常に辛いものだ。そんなもの、はじめからないほうが絶対にいい。痛みがなければもっと効率的に仕事がこなせるだろうし、幸せになる人が増えるはずだという主張が、じょじょに主流を占めていった。

 痛みがなければ、危ない行為を子供が不用意にしてしまうかもしれない、という意見も出た。もっともな意見だったけれど、すでにその頃には人体の大抵の部位は培養することが可能だったので、正論のわりに支持は広がらなかった。

 幻想怪奇小説の書き手である鞍馬アリスさんの本作は、痛みを忘れた未来が舞台です。痛みを体験するためのあるモノが貴重な嗜好品として密かに重宝されている中、語り手と馬型アンドロイドのジョナサンはそれを行商しています。はたしてそのモノとは一体。

 肉体的な痛みのない世界、怪我を超越した世界ですらユートピアではなく、そこには新しい苦悩と新しい悲しみがあるのでした。おとぎ話風の語り口と舞台設定のSF小説です。

 

稲田一声「きずひとつないせみのぬけがら」(約10,000字)

(略)

 境内は自然豊かで、大きな樹がたくさんあったので、昆虫採集にうってつけだと私は思った。ちょうど、蝉の鳴き声もうるさいくらいに聞こえていた。

 そして、そこで私は奇妙な蝉の抜け殻を見つけた。

 傷ひとつない蝉の抜け殻を。

 樹の幹のあまり目立たない位置に留まっていたその抜け殻は、どこも崩れておらず、幼虫そのままの姿を完全に保っていた。なんという蝉かはわからないが、触角が太くて全体に金色を帯びている。太陽の光に透かすときらきらと輝いてきれいだった。

 何より不思議なのは、本当に傷ひとつなかったことだ。東京育ちの私でも、蝉が羽化することくらいは知っている。だが、その抜け殻は、普通なら背中側にあるはずの脱皮したときの破れ目がどこにも見当たらないのだ。

稲田一声さんが2019年に発表された作品の再録です。ただし1000字ほどの加筆を経てパワーアップした「完全版」ですので、既読の方も必ずやお楽しみいただけるはず。異常な蝉のぬけがらの発見から始まる、ひと夏の出会いと成長の物語です。クラシックSFの味わいもあるような気がします。

稲田さんは2020年に「おねえちゃんのハンマースペース」で第4回ゲンロンSF新人賞東浩紀賞を受賞しています。これもまた細部が琴線をくすぐる傑作でした。

 

阪井マチ「終点の港」(約3500字)

 漁港に人が溢れ返っていた。それは沖から近付いてくる大きな土色の塊を見るためだ。
 あと少しで着岸するかと思われたがその物体は突然姿勢を傾けて、緩やかに回転し始めた。そしてみるみるうちに沈んでいった。見守っていた町の人たちの背筋に戦慄が走ったのは、沈みゆく塊のなかからくぐもった悲鳴が聞こえたからだ。それは一人二人の声ではなく、内側の空間で逃げ惑う大勢の人間を想像させるものだった。
 物体は完全に水面下へ姿を消した。だが水深はさほど無いはずで、あの巨体がすっかり沈んでしまうのは道理に合わなかった。すぐにその周辺が漁港の関係者によってくまなく捜索されたが、あの塊の痕跡は何ひとつ見つからなかったという。

 島にまつわる正統派の奇譚です。作者の阪井マチさんはみちのく怪談コンテストに「ブナの森で」で佳作入選しています。港で発見された謎の文章は、なぜ島が動き、沈むのかというメカニズムがつづられていますが、噂や伝承が錯綜するホラ話のような、到底信じられない話です。短い中にぎゅっと詰まった奇想をお楽しみください。

 

根谷はやね「悪霊は何キログラムか?」(約10500字)

 その奇妙な依頼がK市の港湾局から来たのは、ケリーが仕事を始めてちょうど三年目になる年の十月だった。
「入港申請中のコンテナ船一隻に積載された貨物に対して、透視調査を依頼させていただきたい。積荷には『悪霊』とあり」
 申請用紙の依頼要旨欄の書き出しを見ると、ケリーはため息をついて、デスクチェアの背もたれを深く倒した。緑に近い黒髪が、ヘッドレストからツタのように垂れ下がる。
 こういう類の依頼は、今までになかったわけではない。むしろ結構な頻度で来ていた。「透視」という看板を背負っているせいで、勘違いをした輩が幽霊やら悪魔やらの依頼を持ってくるのだ。
 ケリーたち、すなわち総合捜査局強化捜査室(CIBE)の捜査官たちの「眼」は純然たる科学の産物であって、本来はもっとまともな依頼を受けるためのものだった。

 先端テクノロジーで強化された眼を持つ捜査官たちを擁する、総合捜査局強化捜査室(CIBE)。しかし透視できると聞いて持ちこまれるのは、往々にして怪しく理不尽な依頼ばかりでした。今回もまた、新米のケリーと指導員マリイのコンビのもとに悪霊を積んだ船の監査役が押しつけられます。ジャンルの境界をぬって進む話が、一体どこに落ちつくのが見届けてください。

 以上が第2章の収録作です。どうぞお楽しみに。

2022/09/13 23:03