世界各国の新鋭作家(総勢18名)のSF短編小説を一度に堪能できる一冊『Rikka Zine』創刊号
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読みもの:非英語圏SFFが直面する課題 (2)

こんばんは、Rikka Zine主宰・橋本輝幸です。

ここでSF・ファンタジーに関するちょっとしたコラムを綴っていきます。

一昨日はワールドコン(世界SF大会)というイベントが開会した件をお伝えしました。ちなみにこの大会、学会などとは異なり、参加費さえ払えばどなたでも参加できます

そしてヒューゴ―賞は、参加費を払った人なら誰でも、候補作/候補者を選んだり、投票したりできます。

私も何回か一般参加者としても、登壇者としても参加した経験があります。

会期中はたくさんのトークイベント等が用意されます。イベント登壇者は事前に自主的にエントリーした人に限られ、大会運営側によって取捨選択され、向いてそうなイベントへ割り当てられるイメージです。企画したイベントが通るかどうかは運と自己アピール次第です。

近年は非英語話者の参加者も増えてきましたし、聴覚に障害がある方も楽しめるように、同時字幕のサービスが充実してきました。字幕はまだまだ万全ではありませんが、非英語話者としてとても助けられています。

 

さて、しかし、本当にワールドコンに誰でも参加できるかというと、必ずしもそうではありません。

日本国籍者が、世界でトップクラスにビザ(査証)なしで海外渡航が可能であるのはご存じでしょうか? 日本、シンガポール、韓国、ドイツなどはビザなしで190ヵ国以上に行けます。

ですが、世界にはまだビザがなかなか発給されない国も多いのです。

インドやナイジェリア、東南アジア、南アジアの一部の国では英語が公用語として使われているため、近年英語圏のSF・ファンタジー界ではこれらの国出身の作家や評論家、編集者、アンソロジストが大いに存在感を増しています。

ところが「SF大会に行く」といっても理解を得られなかったり、軽んじられたりで、ビザ発給を却下されたり、必要な時期までにビザが発給されなかったりということが毎年起こっています。

今年も、南アフリカ共和国の作家二キール・シンさんがビザが間に合わないので急遽オンライン参加に切り替えたり、ナイジェリアの作家で気鋭のアンソロジストのオゲネチョヴウェ・ドナルド・エペキさんが1度は却下されて、再面談でようやくビザを取得できたということがありました。さらには物価差や移動時間の長さも、ワールドコン参加への障壁となっています。

2010年代の前半、私は何回かアメリカのSFや文学のイベントをふらっと1人で渡航して見に行っていましたが、あれは思えば、恵まれていました。円安ドル高が大幅に進んだ今では、渡航費や滞在費用は大幅に上がっています。

元はといえば、コロナ禍の影響で急遽ワールドコンのオンライン化が進んだわけですが、結果として幅広い国の人が気軽に参加できるようになりました。

近年では、各地域や言語圏のSF賞の授賞や結果発表が、ワールドコンの中で1企画として行なわれる例もよく見ます。

しかし翻訳、一部地域、非英語圏に関係する企画はとにかく参加者が少ないです。ここ3年ほど参加しながら同時参加者数を見ている限りでは、観客が15人-20人ということもざらです。

英語圏における翻訳の存在感の薄さは、日本における翻訳小説のニッチさの比ではありません。もっと知られざるマイナーな存在なのです。

とはいえ状況を改善しようという人たちはいます。

イスラエル出身の作家ラヴィ・ティドハー(邦訳に茂木健訳『完璧な夏の日』創元SF文庫、押野慎吾訳『黒き微睡みの囚人』竹書房文庫など)は近年、世界SFのアンソロジーを出版しています。

イタリアの作家・アンソロジスト・編集者のフランチェスコ・ヴェルソはFuture Fiction叢書という自分のレーベルで独自に世界のSFを出し続けています。30ヵ国、13言語のSF小説を主にイタリア語で出版していますが、一部はイタリア語と英語の両方で出版されています。

ニッチなものとして省みられてこなかった悲しみを知っているからか、インドやアフリカ諸国は自国の作品の非英語から英語への翻訳に積極的ですし、中国は近年の翻訳小説の刊行点数の増加に伴い、かなり世界中の作家をタイムリーに翻訳するようになっています。

なお中英・英中の翻訳の場合は、いくつかの要素で翻訳家の数が増えました。

  1. 企画主旨でも言及した作家ケン・リュウが、英米育ちの若手の中華系作家たちに翻訳を推奨し、ときに共訳や添削を手伝って後進翻訳家を育成したこと。
  2. 中国の主要SF誌『科幻世界』が翻訳の持ちこみを受付け、編集者が親身にフィードバックしてきたこと。
  3. 中国SFが注目され、中国でSFの博士が誕生したり、英語圏の文学部で中国SFを研究する人が増え、その中に翻訳もやる人がいること。
  4. あとは1980年代前半生まれの中堅作家である陳楸帆、宝樹、夏笳らは英語作品の中国語翻訳にも挑戦しています。

作家の方は、翻訳のときも、さすがにうまくリーダビリティーや原文のリズム、雰囲気を保っていることが多いように思います。翻訳は創作行為でもありますからね!

日本にも英語が読めるSF作家は多々いるのですから、もっと翻訳に挑戦する人が出てきてもいいように思います。

ここから私のプロジェクトRikka Zineの話に戻ります。

日本でSF翻訳をやる機会、発表する機会、フィードバックされる機会が僅少になっているのはつねづね私の大きな懸念でした。

ただ私自身には翻訳がやりたい!という気持ちはなかったですし、「語学ができるんだから翻訳もやれ」と周りから言われるのははっきり言って苦痛です(笑)

本当は私自身、もっとちゃんとトレーニングを受けてから翻訳に取り組まねばいけないことも承知しています。今回、お叱りを受ける懸念にひやひやしてもいます。

ただ、円安や紙の値段の高騰、海外における物価や版権料の上昇といった事情と、みるみるうちに上がっていく書籍の値段をみているうちに、あと数年待っている間にさらに状況が悪化するのではないかという危惧をおぼえました。

日英翻訳についても、日本のSF、ホラー、ファンタジーなども出版していた出版社VerticalとHaikasoruが刊行を停め、Kurodahan Pressの活動ペースがかなりゆるやかになっている現状、SFFH書籍の英訳に携わるチャンス自体がかなり減っています。ライトノベルを翻訳出版するJ-Novel Clubが、草野原々『最初にして最後のアイドル』(翻訳:Andrew Cunningham)を出したりはしていましたが……。

私自身が30代も終盤に差し掛かり、兼業でなにかをする体力気力が下降しているのも不安材料でした。

 

さて本企画の日英・英日翻訳家の獲得経緯ですが、9割がたSNS経由での募集でした。

とりあえず企画を立て、さるベテラン英訳家にまずは1作、収録作の翻訳を打診したところ、幸いにもご快諾いただけました。

SNSで募ったところ、英日翻訳で参加してくださった方が私のほかに2名、日英翻訳に興味があると言ってくださった方が5名。こちらから作品を勧めたり、収録作を読んでから選んでもらったりして、相性がよく、好きな作品を担当していただきました

(つづく)

2022/09/03 13:18