翻訳者推薦文 2019.09.01 (part 1)
―分断から統合へ~ シュリー・エム氏のあり方
人々や社会の「分断」が議論されない日はない時代に私たちは生きている。人種や国籍、性を理由にした差別や迫害から、日常的な交流の希薄化まで、「分断」は現代の生活の隅々にまで浸透している。「分断」は「差異」から生じる。差異を理由にして権利を剥奪する集団がいる一方、差異を理由に権利を求める集団が他方にいる。これまでになく物理的に繋がった世界で、これまでになく人々は互いから離れている。個人と集団がそれぞれの違いを訴え続けて、世界が行き着く先はどこなのだろう?
シュリー・エム氏に私が見出したのは、「差異」の代わりに、「統合」を中心にして生きる姿勢である。「統合」とは、お互いの共通点を基盤にした相互理解である。国家、民族、政治、宗教、貧富、ジェンダー、これらの差異を受け止めるためには、差異を理解するだけでは足りない。どこか深いところで私たち全員が持つ共通点が、経験知としてストンと個人の腑に落ちなければならない。インドの最も古い賢者の系譜を継ぐシュリー・エム氏は、個人の意識の変革という内面的な手段を通して「統合」を目指している。
―シュリー・エム氏の教え
そんな彼の伝える教えはヨーガである。ヨーガ?と首をかしげる人もいるかもしれない。あの身体を曲げたり伸ばしたりするヨーガ?シュリー・エム氏に出会うまでは、私も同じように思っていた。スイスのカトリック聖地を巡礼する旅で、私はシュリー・エム氏に出会った。意識の探求のための手はずが体系的、段階的に記された、古代の人間科学がヨーガだと彼は語った。そして、シュリー・エム氏が伝えるクリヤ・ヨーガは、私たち全員が持つ共通点に向けて、人々の身体と意識を開いていく方法である。
特殊な呼吸法と瞑想法から成るクリヤ・ヨーガは、ヒマラヤ山脈のヨーギーたちの間の門外不出の秘伝として、親密な師弟関係を通してのみ伝えられてきたものだった。このヨーガをヒマラヤの師から伝授されたシュリー・エム氏は、クリヤ・ヨーガが現代の世界に広く必要なものだとして、求める人々には惜しみなく教えを与えている。散乱した意識の働きを静め、身体を巡るエネルギーを集約することで、クリヤ・ヨーガの実践者は自と他の間に境界線がない境地に至るのだという。
言葉でいうのは簡単だが、実践は?彼の自叙伝を読み、また彼の人間を知るにつれて、シュリー・エム氏は言葉以上に実践の人だと私は知った。今、彼はインドで最も名の知られるヨーガの達人の一人だが、ヨーガの教えだけにとどまらず、世の中においても彼は働きかけを続けている。例えば、2015年、彼はインド全土の7500キロを歩いて回る「ピース・ウォーク」を1年以上かけて行った。宗教、民族、貧富、性別の境目なく、シュリー・エム氏を囲んで1000万人以上の人がインドの統合を目指して歩いた。(続く)
※第2回目は2019/09/03に掲載予定です!
【青木光太郎】
略歴:インド各地を放浪する翻訳家。日本で生まれて高校まで日本で育つ。フリーマン奨学金を受けて、大学はアメリカのコネチカット州にあるウェズリアン大学で西洋哲学を学ぶ。大学卒業後はいくつかの職場で働き、その後は翻訳をしながら世界を旅する。現在はインドを放浪しながら、各地の達人からヨーガとヒンドゥー密教を学んでいる。